【緊急寄稿】谷口源太郎「IOCによって五輪は終わりに近づいている」

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谷口源太郎(スポーツジャーナリスト)

 東京オリンピックは、オリンピックを終焉へと近づける大会となった。新型コロナウイルスの感染拡大で緊急事態宣言が発せられるなかで人の命や尊厳をないがしろにして大会は強引に開催された。そこまでするだけの価値、意義があるのか。誰のための、何のためのオリンピックなのか、そうした根源的な問いに大会について最高の責任を負うIOC(国際オリンピック委員会)のトーマス・バッハ会長は、一切応答しなかった。その背景に、市場経済での利益追求とそれを支えるための大会肥大化という、1988年ソウル大会以来、IOCが推し進めた基本路線の決定的な行き詰まりがあったのではなかろうか。

■第6代会長キラニン卿の後悔

 振り返れば、モスクワ大会ボイコットというオリンピックの大転機に立ち会った第6代IOC会長、ロード・キラニン卿(アイルランド人のジャーナリスト、在任期間1972~80年)は、80年8月3日、モスクワ大会の閉会式で、「政治家の手によってオリンピックはズタズタに引き裂かれた……」と悔しさをあらわにした。また、唯一の立候補都市ロサンゼルスとの84年大会開催契約では、「IOCが将来になって後悔しかねないような契約を結んでしまった」と大いに悔やんだ。

 その契約には、「ロサンゼルス市当局は法令でオリンピックへの公金支出を禁止したので、実業家の集まりである組織委員会が、大会が黒字になるように運営する」との項目が入っていた。要するに利潤を追求する企業によって大会を運営する、ということだ。ロサンゼルスが降りたら、オリンピックは存亡の機に陥ることから、キラニンは同項目に同意せざるを得なかったのだ。

サマランチ体制下で拝金主義が蔓延

 かくしてロサンゼルス大会では、徹底した商業主義導入により、16日間の大会期間に1億5000万ドルの黒字を生み出した。 キラニンの後任に選ばれた第7代アントニオ・サマランチ会長(スペイン人、フランコ政権下のスポーツ庁長官、実業家、在任期間80~01年)は、キラニンとは打って変わってロサンゼルスでの商業主義を称賛するとともに、88年ソウル大会に向けて、オリンピック・ビジネスのIOC独占を目指して動き出した。その中で注目されたのは、スポーツマーケティング企業、ISL社(インターナショナル・スポーツ・アンド・レジャー社。資本金100万スイスフラン)との契約であった。同社は、スポーツグッズメーカー、アディダスのオーナーであるホルスト・ダスラーと電通とが共同出資して82年に設立したものであった。

 実は、サマランチはかつて、ファシズム政権下で活動したファシストという経歴を隠していた。そのサマランチが会長の座に就けたのは、ダスラーからの資金援助でIOC委員たちを買収できたからだ、と言われた。

 サマランチは、IOCが定めたオリンピックのシンボルマークや標語、大会のエンブレム、マスコット、ロゴなどを商業利用する権利を売るビジネスの独占権をISLに与える契約をした。ISLは、巨大な多国籍企業から資金を得るため国際的スポンサープログラムに取り組んだ。

 サマランチが狙ったもう一つの財源がテレビ放映権契約であった。IOCは、米国に拠点を置くIMG(インターナショナル・マネジメント・グループ)社とコンサルタント契約を結び、米国のNBCとの長期一括契約を実現させた。

 オリンピックビジネスの促進を狙った大会の肥大化を目指すサマランチ体制の下で莫大な収入を得るようになるとIOC内部に拝金主義が拡大、蔓延するようになり、倫理観は薄れ、贈収賄事件多発の要因となった。

 一方で、サマランチは、IOCでの独裁体制を固めるために、ダスラーを首領としサマランチも加わった「スポーツマフィア」(W杯や世界選手権などに関するさまざまな利権を生み出す)といわれたメンバー、国際陸連会長・ネビオロ(イタリア)、国際サッカー連盟会長・アベランジェ(ブラジル)、揚げ句の果てに自分の息子(前IOC副会長)まで強引にIOC委員に引き入れた。

IOCは選手から人間性を奪いスポーツそのものを歪めた

 こうしてサマランチは、独裁的存在であり続け、ダスラー亡き後、ISLとの契約を切り、IOC独自にビジネスを展開していった。しかし、サマランチが独断で進めた政策は、さまざまな問題も生み出した。たとえば、商業主義の徹底化により、IOC委員たちは私利私欲に走り、組織の腐敗堕落をもたらし、テレビ局や、スポンサーを意識しての大会肥大化は、商品化(スリリングでエキサイティングなパフォーマンスを求められる)や勝利至上主義により選手から人間性を奪うとともにスポーツそのものを歪めてしまった。

 それにもかかわらず、サマランチが会長を退任した後も、現在にいたるまで、IOCはサマランチの敷いた路線を走り続けてきた。その結果、新型コロナウイルスの感染拡大という事態に直面したこともあって東京オリンピックで、サマランチ路線の破綻が明らかになった。人の命、尊厳をとことん踏みにじってでも利益を追求するバッハに対して厳しい批判が浴びせられ、IOCも存在意義が認められない組織に成り下がったのである。

▽谷口源太郎(たにぐち・げんたろう)1938年、鳥取県生まれ。週刊誌記者を経て85年にスポーツジャーナリストとして独立。著書に「スポーツを殺すもの」(花伝社)、「オリンピックの終わりの始まり」(コモンズ)など。

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