安倍政権最大の罪は社会から「透明性」をなくしたことだ
日本は社会の透明性と無縁になってしまった。それが、安倍総理の辞任劇に際して感じた正直な感想だ。少し振り返ってみたい。安倍総理が慶応病院で診察を受けたのが8月17日。そして24日に再診。一気に体調不良の観測が出回る。しかし、すぐにそれを打ち消すような膨大な情報がメディア関係者に流れる。官邸での総理会見で新型コロナ対策が発表されるとの情報が流れるに至って、「本人はやる気だ」との情報が支配的になる。
その最中の8月27日に私は松本市の臥雲義尚市長と会っていた。臥雲氏はNHKで政治記者として名をはせ、この3月の選挙で市長になった。私が、「安倍総理はまだ続けるみたいですね」と水を向けると、「長年の政治取材の経験からすると、こういう時は辞任の可能性はある」と話した。臥雲市長は、さまざまな情報の流れ方に、一種の情報操作が行われているというにおいを感じ取っていたようだ。つまり、私たちは情報操作に翻弄されたというわけだ。
■情報操作で「花道会見」に変質
もちろん、一国の最高責任者の健康状態を透明にするわけにいかないことはわかる。問題はその後だ。8月28日の会見の約3時間前の午後2時7分にNHKが辞任の速報を流す。それに他社が追随する。そしてNHKが安倍総理のレガシーを放送し始める。これによって、この国のリーダーが2カ月ぶりに行う記者会見が「花道会見」に変質する。