田中金脈vsメザシの土光…自民党の金集めで頼りになった経団連に命運を握られることに
自民党が裏金問題を契機に政治資金規正法を改正する際、決して企業・団体献金の禁止に踏み込まなかったのはなぜだろう。それはある呪縛が解けないからではないか。
「政治は数、数は力、力は金」
田中角栄がよく口にした。金を集めるのに頼りになったのが日本経団連だ。自民党が結党したのは1955年だが、それよりも9年早い46年に設立した。長らく、自民党への献金を会員の大企業に促してきた。
74年、首相の田中は窮地に陥っていた。自身が提唱した「列島改造」や「石油危機」で物価が急上昇。反比例して内閣支持率は約20%まで落ち込んだ。自民は与野党逆転の危機にあった。
同7月の参議院選挙で、田中は「企業ぐるみ選挙」を展開する。資金提供と選挙運動を大企業グループに担わせたのだ。田中自身はヘリコプターをチャーターし、全国約150カ所で演説して回る。新幹線や高速道路をどんどん造るぞと豪語した。
この選挙は「金権政治」と批判された。「8億円使えば当選し7億円だと落選」という意味で、「8当7落」と表現された。