「“プーチン排除”が停戦への最短コース」名越健郎氏が分析する最新ロシア事情

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名越健郎(拓殖大大学院特任教授)

「プーチンの戦争」はいまだ終わりが見えない。ウクライナを猛烈に支援する米国のバイデン大統領はロシアに外交解決を呼びかけ、プーチン大統領もトルコのエルドアン大統領による仲介案に乗るそぶりを見せ始めたが、楽観視はできない。ロシア国内は、クレムリンは、一体どうなっているのか。時事通信でモスクワ支局長を務めたロシア政治ウオッチャーの第一人者に聞いた。

 ◇  ◇  ◇

 ──首都キーウの電撃陥落に失敗したロシア軍は3月下旬以降、東部ドンバス地方に兵力を集中していますが、戦況は泥沼化する一方です。

 ロシア国内では当初、ウクライナ戦争を支持する空気が支配的でしたが、5.9対独戦勝記念日で潮目が変わりました。プーチン氏は戦局をめぐる新機軸を示さず、とりわけ出口戦略を打ち出せなかった。それで雰囲気が変わり始めました。モスクワから帰国した日本人に聞くと、「大っぴらに言うことはできないけれど、たいていの市民は内心では戦争に反対している」と。

■ロシアの歴史を動かすのはエリート

 ──ウクライナにルーツがあったり、親族を持つ市民が少なくないからですか。

 そういった背景もありますし、「プーチンの戦争」の中でも、モスクワのアパート爆破事件に起因した第2次チェチェン紛争や、欧米がアサド政権打倒を狙ったシリア紛争への介入とは事情が異なります。国際社会による経済制裁の強化で生活苦が広がり、失業者も増えている。「ウクライナ戦争はいつまで続くのか」「この先の暮らしはどうなるのか」という不安が増幅しているのです。ただ、市民が抗議したり、反戦運動を展開してもプーチン氏には響きません。決して譲歩しない。というのは、ロシアの歴史を動かしてきたのはエリートだからです。

 ──プーチン体制を支えてきた政治家やオリガルヒ(新興財閥)の一部は離反しています。

 確かに、エリートの意識についても5.9以降は変化が見られます。戦争賛成派からも、戦争反対派からも反プーチン機運が高まっている。ロシアの通信アプリ「テレグラム」には賛否にかかわらず、退役軍人がかなり投稿しています。「これが戦争なのか」「作戦がズサンだ」「指導がデタラメだ」「兵器が古すぎてNATO(北大西洋条約機構)が支援するウクライナ軍には勝てない」といった批判が渦巻いている。戦争継続に対するフラストレーションが非常に激しく、強くなっている印象です。とはいえ、体制をひっくり返すような気概はまだ見られない。

 ──2020年の憲法改正で大統領の任期は2期12年に延長。プーチン大統領はギリギリいっぱいの36年まで職にとどまるつもりでしょうか。

 それはさすがに無理でしょう。2年後の24年3月17日に実施される大統領選で5選する目もなくなったと思います。戦争を仕掛ける前は出馬するつもりで、ウクライナを簡単にやっつけて属国にした、という成果を手に続投するシナリオがありましたが、完全に崩れてしまった。これだけ残虐行為が明らかになってしまうと、もはや外交はできませんからね。憲法改正では大統領の諮問機関「国家評議会」の権限も強化された。そのトップの議長に就き、信頼のおける指導者を新大統領に据え、院政を敷くことは考えられます。

■ポスト・プーチンの最右翼はあの人物

 ──後釜をうかがう面々はどんな顔ぶれですか。

 ラトビアに拠点を移したロシアの反政府系メディア「メドゥーサ」(5月25日)は、エリートの間で「ポスト・プーチン」をめぐる議論がますます広がり、後継者の名が静かに話し合われていると報じています。候補者リストに名前が挙がっているのは、大統領直属の「安全保障会議」で副議長を務めるメドベージェフ前大統領(56)、モスクワ市長のソビャニン氏(63)、大統領府第1副長官のキリエンコ元首相(59)の3人。ウクライナ戦争に直接関与した国防省や情報機関の関係者はさすがに難しい。戦争との距離が軸になるでしょう。最有力視されているのが、メドベージェフ氏。経済運営に失敗して2年前に首相をクビになった上、反体制派指導者のナワリヌイ氏に汚職を暴露されたこともあって国民の評価は低いのですが、大統領を4年間務め上げ、プーチン氏を裏切らなかった信頼感がエリートの間で強い。つまり、利権の維持です。クレムリンのトップに立つ要素としては、利権の差配が最も重要。その点でメドべージェフ氏には安心感がある。本人も意識しているようで、メディアでの発信を強めています。本来はリベラル寄りなのに、あえてタカ派的な発言を繰り返しているように見えますね。

 ──NATOの北方拡大をめぐり、対抗措置として「当然、国境は強化されなければならない」「バルト海周辺で核のない状態という話はあり得ない」と発言し、核配備の可能性を示唆しました。残る2人は?

 ソビャニン氏はモスクワの近代化に貢献したものの、新型コロナウイルス対策で失敗。シベリア系の少数民族出身なのもネックです。クレムリンの政治戦略を担当するキリエンコ氏は、ウクライナ対策の責任者に起用され、プーチン氏と頻繁に接触する立場にある。90年代のエリツィン政権下では30代の若さで首相に抜擢され、野心家とされるものの、ウクライナ風の姓がマイナスに働きそうです。戦勝記念式典でプーチン氏と親しげに話していた大統領府報道部のコバリョフ氏(36)が注目を集めていますが、ロシアの学者に尋ねたところ、「36歳の若者はさすがにあり得ない」と。父親が国営ガス企業「ガスプロム」の幹部で、プーチン氏とはクレムリンのアイスホッケーチームの仲間ですが、続報がないことからその線はないと思います。もっとも、戦争が続く限り、プーチン氏は後継者問題を表に出さないでしょう。レームダック化につながりますから。

 ──戦争終結とプーチン退陣。どちらが先になると見ていますか。

 先は全く見通せませんが、少なくともプーチン氏はドンバス地方のルガンスク、ドネツク両州を支配下に置くまで戦争を継続しようとするでしょう。「特別軍事作戦」の実施発表に先立つ2月21日の演説で、親ロシア派組織が名乗る「ドネツク人民共和国」と「ルガンスク人民共和国」の独立を承認する大統領令に署名し、ロシア軍に駐留を命じた。彼の論理としては、最低でも2州ということになる。大統領支持率が83%に達した3月下旬ごろはクレムリンが停戦に前向きだったのですが、交渉を重ねてもまとめきれなかった。現状では続けざるを得ないでしょう。もっとも、いったん目標を達成しても、米国を中心とするNATOなどから大量の武器支援を受けているウクライナが押し返す可能性もある。

くすぶる健康不安…首相交代がサイン

 ──パーキンソン病や甲状腺がんなど、プーチン大統領の健康不安説が盛んに報じられ、4月にがん治療を受けたとも伝えられています。

 テレグラムに投稿する謎の「SVR(対外情報庁)将軍」は4月末、「大統領の健康状態が急変した場合、国の運営をパトルシェフ安全保障会議書記に移管することで2人は一致している。医師は早期外科手術が必要としているが、プーチンは同意していない」「来年はポスト・プーチンの時代になる」と書き込んでいました。パトルシェフ氏(70)はKGB(ソ連国家保安委員会)時代のプーチン氏の先輩で、盟友。ただ、憲政は大統領が職務執行不能に陥った場合、首相が大統領代行に就き、3カ月後に大統領選を実施すると規定している。首相以外の人物に「権力の移管」はできません。

 ──プーチン氏もそうしたプロセスを経て大統領になりました。

 一方で、現首相のミシュスチン氏(56)は2年前に連邦税務局長官から抜擢された経済テクノクラート。イデオロギーを持たないため、後継は厳しい印象です。

 ──首相交代が退陣のサインに?

 それは十分にあり得ます。

 ──そもそも、なぜプーチン氏は無謀な侵略戦争に突き進んだのでしょうか。

 最大の要因は安全保障観でも世界観でもなく、歴史観でしょう。ウクライナはソ連指導部の手違いで誕生したという歪んだ歴史観がコロナ禍の隔離生活で増幅され、凝り固まってしまった。「プーチン排除」に至ることがあれば、それが停戦への最短コースでしょう。

(聞き手=坂本千晶/日刊ゲンダイ)

▽名越健郎(なごし・けんろう) 1953年、岡山県生まれ。東京外国語大ロシア語科を卒業後、時事通信に入社。バンコク支局、モスクワ支局長、ワシントン支局長、外信部長、仙台支社長を経て退職。拓殖大海外事情研究所教授を経て、2022年から現職。「北方領土はなぜ還ってこないのか」「北方領土の謎」「独裁者プーチン」「ジョークで読む国際政治」など著書多数。

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