今のサントリーに佐治敬三の「コハク色の文化の匂い」はあるか
大下英治の問題作『小説電通』(徳間文庫)に、電通の”威力”を示すものとして、次のようなエピソードが挿入されている。
ウイスキー業界大手の「カントリー」に黒田という宣伝係長がいて、悪どく私腹を肥やし、懲戒解雇になった。外車を購入した代金をテレビ局に払わせたり、スポット広告を誤魔化して実数との差額を懐に入れたりは朝飯前で、ついには世田谷に豪邸を建て、銀座の女から女優まで片っ端から手をつけて遊んだ。
それを知った週刊誌が一斉に動いたが、電通が手をまわして、どこにも載らなかった。しぶとく食い下がることで定評のある『週刊正流』までが降りたのである。同誌に長年、「男性画帖」を連載している作家の山田誠が、どうしても今回のことを記事にするなら、連載を降りると言い張ったのだった。
「山田誠は、同じく作家の海高猛、画家の松原善平とともに、かつてカントリーの宣伝部に籍を置いていた。世話になったカントリーが傷つくことを黙って看過ごすわけにはいかなかったのだろう」と大下は書いている。
いま、カントリーことサントリーや電通にそうした力があるとは思えない。また、山口瞳、開高健、柳原良平といった人をサントリーが抱えることもできないだろう。