パン店をわずか5日で開業させる仕掛け人の極意は…「おいしすぎるパンを作らない」

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河上祐隆さん(ベーカリープロデューサー)

 コロナ禍で痛手を被った飲食店や企業が、地元密着型のパン店を開業して成功している。外食産業は低迷しているが、テークアウト(中食)需要は増加しているからだ。

 その仕掛け人が今回紹介するこの人。本来は岡山市に本店を持つパン店のオーナーだが、15年ほど前に知人のミニベーカリーを出店支援したのをきっかけに、未経験者でも5日でパン店を開業できる仕組みを考案。これまで海外を含め350店舗の開業をサポートしている。そのほとんどが、コロナ前に比べ110~200%も月平均の売り上げがアップしているというから驚きだ。

「コツはおいしすぎるパンを作らないこと。毎日食べても飽きない、安全安心なパンを焼きたてで提供すれば、お客さまは必ず来てくれます」

 そもそも、なぜ5日で開業できるのか? その方法論を確立するまでには、古いしきたりの中でパン作りにいそしんできた、自身の葛藤と苦労があった。

■父親の蒸発がきっかけでパン作り

 大阪市城東区に生まれ、洋服の小売業を営む父のもと、裕福な家庭で育った。しかし高校3年の時に倒産し、父が蒸発。大学進学を諦め、住み込みで働き始める。

「最初は新聞配達をしていたのですが、食事が大きなロシアパンたった1個。あまりにひもじくて、飲食関係ならまかないも出て食いっぱぐれないだろうと、新聞の求人欄で見つけたパン店に就職したのです。もし寿司店に飛び込んでいたら、いまごろ“寿司店を5日で開店させます!”と言っていたかもしれませんね(笑い)」

 大阪のスーパー内に30店ほどを展開するベーカリーチェーン。職人見習の初任給は8万円だった。当時のパン作りは職人の勘と経験だけが頼り。しかも先輩は作り方を一切教えてくれず、雑用しながら見て盗むしかなかった。

「それでいきなり“河上、成形してみろ”と。でも教えられていないのでできるわけがない。『できません』と言うと鉄拳制裁。しかもゲンコツじゃなくて麺棒ですからね(笑い)。それが当たり前の時代でした」

恩師の口癖は「おいしいパン作ったらあかんぞ」

 そうした中、のちに恩師となる人物と出会う。30店100人の職人の頂点に立つ製造チーフの林三治氏だ。

「もともと酵母菌の研究をしていたという人で、月に1回店に実技指導に来るのですが、とにかく寡黙で、静かにパンを作る、まさに研究者のような人でした」

 林氏が作るパンは、他の職人と全く同じ材料なのに、焼き上がりも味も雲泥の差だった。理由を先輩に聞いても「知らん。あの人は神様だから」というだけ。しかしその神髄に触れる出来事があった。

 ある日、林氏に生地の仕込みを指示された際、つい先輩の職人がやるように、生地をバンバンと叩いてしまった。

「そうしたら、いきなりパーン! と頭を叩かれて、『痛いか?』と。痛いですと言ったら『パン生地も痛がってるぞ』。酵母菌も生き物だから叩くなということですが、炭酸ガスで膨らんだ生地を傷めてしまうので、発酵の仕組みからいっても理にかなっているんです。もちろん当時は分かりませんでしたけどね」

 それから半年後、林氏が独立開業した店にスカウトされる。それまで対面したのはわずか4回だったが、早く仕事を覚えようと必死だったため「集中力」を買われていたのだ。

「林さんの口癖は『おいしいパン作ったらあかんぞ』。もちろんまずいパンを作れということではありません。10年、20年商売を続けたかったら、10年、20年食べても飽きないパンを作れということ。これは今も私の教訓です」

 パンの神様のもとで修業すること3年。22歳で独立する。自己資金は100万円。機材はリースしたが、師匠が貸してくれた400万円と、工務店に借金した内装費500万円の計900万円を1年後に返済するという、なかなかの重荷を背負っての船出だった。

「これはビジネスになる!」とひらめいた15年前の突貫工事

 独立資金のうち、師匠から借りた400万円と工務店への内装工事費500万円の計900万円を1年後に返す約束。22歳の青年には重荷だったが、妻と2人で1日20時間以上も死にものぐるいで働き、なんとか期限内に返済した。その後は店の経営も順調。しかし28歳の時、喘息だった息子の転地療養のため岡山県に移住。岡山市に支店をオープンする。

「大阪と岡山の店はスタッフに任せ、しばらく息子と自然を満喫する生活を送っていました。店に顔を出すのは週に1回。そのため岡山の店で深刻なトラブルが起こっていたことに、気づきませんでした」

 深刻なトラブルとは人間関係。大阪から連れてきた店長ら3人の職人はいい意味でざっくばらんな大阪人気質。一方、地元採用したパートスタッフらは慎み深く絶対に本音を言わない岡山人気質。水と油のような気性の違いが、深刻なコミュニケーション不全を起こしていたのだ。

「私が気づいた時には店長はうつ状態。仕方なく店長ら3人は大阪に帰し、私が現場を取り仕切ることにしたのです」

 職人は河上さんただ一人。とても店は回らない。そこで製造から何からすべてパートとアルバイトに割り振ることにした。未経験者でも理解できるよう、段取りやレシピを分かりやすくマニュアル化し、道具は女性でも扱えるよう軽量化した。その結果売り上げは落ちるどころか逆にアップ。

「苦肉の策でしたが、職人がいなくてもやっていけることを確信しました。これが今の経営方針につながっています」

未経験の女性スタッフばかりで大成功

 その後、大阪と岡山での2拠点経営に限界を感じ、大阪の店は部下に譲渡。岡山で本腰を入れることにした。岡山で国産小麦・無添加生地のパンへの切り替えや、大規模ベーカリーの出店など、数々の挑戦を重ねながら、順調に経営を続けていた2007年。知人である福島のイタリア料理店オーナーから、ミニベーカリーを併設したいという依頼を受ける。

「ちょうどその時、インドネシアのジャカルタでパン店のプロデュースをしていて、関われる時間が1週間しかありませんでした。そこで月曜日に開業スタッフに製パンを講義、火曜日に手本のパンを私が作り、水・木に実際に作ってもらい、金曜日にプライスカードなどを書いて、土曜日にオープンさせたのです」

 まさに突貫工事。しかもスタッフは全員未経験の女性。しかしフタを開けてみると初日だけで15万円の売り上げを達成。翌年には2号店を開くなど、大成功した。

「私も最初は半信半疑でした。家庭用に毛が生えたような小さなオーブンレンジで、果たして売り物になるパンが焼けるのかと。ところが業務用で焼いたのと大した差がないんです。未経験者でも品数を絞れば何とか回せます。その頃はもうバブルが崩壊して不景気の真っ最中。拡大路線で直営店を増やすより、ミニベーカリーの開店支援を行ったほうが、ビジネス的にも有利なんじゃないかと思ったのです」

「リエゾン(仏語で結びつきという意味)プロジェクト」と銘打ち、開業支援ビジネスを本格的にスタートさせたのが2009年。しかし、「5日でパン店を開けるわけがない」とウサンくさがられ、2~3年は赤字続きだったという。ところが東京と大阪でプロデュースした店が評判を呼ぶと、それをきっかけに支援希望者が殺到。そしてこのコロナ禍で大打撃を受けた飲食店からの転業組が、地域密着型で次々とパン店を開業して大成功している。ようやく時代が追いついたのだ。

 パン作りの常識を打ち破り、世界中にパン店の輪を広げている河上さん。将来の展望を聞くと、こう答えた。

「いま、高齢化で街中のパン店がどんどん減っています。いちパン職人として、パン作りの輪を広げたい。ただそれだけなんです」

(取材・文=いからしひろき)

▽河上祐隆(かわかみ・つねたか) 1962年、大阪市出身。洋服の小売業を営む裕福な家庭で育つが、高校3年時に倒産。進学を諦め、食いつなぐためにパン店で働き始める。そこでパンの神様と呼ばれた林三治氏の薫陶を受け、84年に22歳で独立。28歳の時に喘息の息子の転地療養のため岡山県に移住し、パン店「おかやま工房」を開業する。45歳の時に知人のミニベーカリー設立を手伝ったのを機に、5日でパン店の開業を支援する「リエゾンプロジェクト」を2009年に始動。これまで支援した店は海外も含め、22年2月現在、約350店舗に及ぶ。直営店は岡山と米国カリフォルニアに計4店舗。

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