宮田律
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宮田律現代イスラム研究センター理事長

1955年、山梨県甲府市生まれ。83年、慶應義塾大学大学院文学研究科史学専攻修了。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)大学院修士課程修了。専門は現代イスラム政治、イラン政治史。「イラン~世界の火薬庫」(光文社新書)、「物語 イランの歴史」(中公新書)、「イラン革命防衛隊」(武田ランダムハウスジャパン)などの著書がある。近著に「黒い同盟 米国、サウジアラビア、イスラエル: 「反イラン枢軸」の暗部」(平凡社新書)。

OPECプラスが原油増産しない理由 人権外交を標榜するバイデン大統領とサウジの根深い対立

公開日: 更新日:

 岸田首相は24日、米国に同調し、原油価格を下げる目的で石油の国家備蓄の一部を放出することを決定した。米国では、ガソリン価格などの高騰に国民の不満が増幅し、バイデン大統領は支持率を下げている。日本でも原油価格高騰の影響が野菜や魚といった日常生活に欠かせない商品にまで出始めている。

 原油価格の上昇は、感染状況が一応の落ち着きを見せて経済再開に明るい見込みが現れたからだったが、サウジアラビアやロシアなどOPECプラスの国々は、ヨーロッパなどで新型コロナウィルスの感染拡大が再び深刻になる中で、石油に対する需要も著しく低下し、昨年4月に原油価格がマイナスになったような事態になることは絶対に避けたい。

 サウジアラビアの財政収支を均衡させるには原油価格は1バレルあたり70ドル近くなければならないが、現在は80ドルに近い状態に推移しており、昨年の大幅な価格落ち込みを考えるとその挽回を図り、また財政的余裕を得るためにも、サウジアラビアは現在の水準を維持したいに違いない。

 しかし、OPECプラスを主導するサウジアラビアが米国や日本などの消費国の増産要求を受け入れないのは、単に経済的理由だけではない。

米国はカショギ氏殺害事件はムハンマド皇太子が承認したと結論づけた

 バイデン大統領は、大統領選の民主党指名争いの中で、19年11月20日にジョージア州アトランタで行われたテレビ討論会で、市民の犠牲を伴うイエメン空爆を行うサウジアラビアに武器売却を行わないことを明白に表明した。15年3月に始まったサウジアラビア主導のイエメン空爆では、イエメン紛争を監視する「イエメン・データ・プロジェクト」によれば、8780人の市民が犠牲になった(BBC、11月2日)。

 バイデン大統領はオバマ政権では副大統領だったが、サウジアラビアはオバマ政権のイラン核合意を成立させた姿勢や「アラブの春」の民主化要求運動を支持する姿勢に反発し、これらの問題で両国関係はギクシャクした。それでもオバマ政権はサウジアラビアのイエメン介入に反対することはなかったし、サウジに対して1000億ドル(約11兆円)以上の武器売却を行っていた。

 バイデン氏のサウジアラビアに対する姿勢を著しく変化させたのは、ムハンマド皇太子の主導で国の内外で政府批判勢力に対して、トルコ・イスタンブールでのカショギ氏殺害事件(18年10月)に見られるように露骨な弾圧を加えるようになってからだ。バイデン政権は、今年2月にカショギ氏殺害は実質的な国の最高権力者であるムハンマド皇太子によって承認されたと結論づけた米国家情報長官事務所(ODNI)報告を公表した。これに対してサウジアラビア政府は事実と異なり、とても容認できないと強く反発している。

 バイデン大統領は民主主義陣営を束ねる共通の理念として、「人権」を外交の柱としている。それは、中国のウイグル人弾圧などを理由に北京オリンピックへの外交的ボイコットを呼びかける姿勢にも見られ、イギリスなども同調することを検討し始めた。

 初めての外遊先にサウジアラビアを選び、原油価格の問題でも直接ムハンマド皇太子に電話してきたトランプ前大統領とは異なって、バイデン大統領は原油問題で皇太子に直接的な対話を行っていない。こうした冷めた対応にサウジアラビアは強い不満をもっている。

 バイデン大統領はサウジアラビアと同様に民主派を弾圧するロシアのプーチン大統領を「殺人者」と呼ぶなど、サウジアラビアとともにOPECプラスをけん引するロシアとの関係も決して良好ではない。これまで見てきたように、石油の増産拒否はサウジアラビアやロシアの人権状況をめぐる米国との確執にも背景がある。だが、日本政府は米国に同調するだけでなく、良好な関係を築いてきたサウジアラビアなど石油生産国に対して増産への直接的な働きかけを行ったらどうだろう。

(宮田律/現代イスラム研究センター理事長)

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