コロナ禍で大活躍「コールドクター」 生みの親は医師ではなかった

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コールドクター代表取締役社長 中原毅さん

 夜間や休日に、最短30分で自宅などに医師を呼ぶことができる往診サービス「コールドクター」。自宅療養するコロナ患者を往診する様子をテレビなどで見た人も多いだろう。医療器具の入ったバッグ片手に現場にかけつける姿は、まさに“お医者さんのウーバー”だ。

 代表が、2018年に開業した時の登録医師はわずか2人。それが現在は約400人と大幅に増えた。また対応エリアも北海道から佐賀県まで全国9カ所に拡大中である。

 ちなみに代表は医師ではない。なのに、なぜこのようなサービスを立ち上げたのか?

 長野県松本市生まれ。地元の進学校を卒業し、慶応義塾大学商学部に進学。在学中に留学などを経験したことから、「海外を相手にする仕事がしたい」と、新卒で名古屋の繊維専門商社に入社した。配属先は経理部。企業経営に欠かせない部署だが、そこは意欲旺盛な20代、「新しいことをやりたい」と、入社3年で退職。そして「若い人材が活躍できるイメージがあった」IT業界へ転身する。

 14年に入社したのは、スマホ向けゲームの大手であるグリー。まずは得意の経理部門で肩慣らしをし、途中で志願してゲーム事業部に異動した。そこでたくさんのゲームを「ゼロイチで生み出した経験は、いつか自分で事業を起こすという願望を一層強くした」と振り返る。

 やがてゲームに限らず、幅広いジャンルの事業に関わりたいと考え、17年、サイバーエージェントに入社。特に思い出深いのはマッチングサービスのプロモーション事業だ。

「ITサービス事業で非常に重要な広告戦略のノウハウを学びました」

サイバーエージェント勤務時代に起業

 こうして、IT業界で着実にキャリアとスキルを積み上げていく中で、今につながるビジネスの芽を見つける。

「女性進出や子育て支援が十分じゃないなと。IT業界は進んでいる方ですが、管理職以上はやはり男性が多いですし、忙しい部署ほど女性が圧倒的に少ない。そうした中で仕事や育児に頑張る女性は、子供の急病などの対応で時間を取られがち。これを何とかできないかと」

 さらには、ある夜に突然腹痛に襲われ、右往左往した経験もその思いに拍車をかけた。近所に深夜診療してくれる病院が見つからず、結局タクシーで片道数万円もかかる救急病院に駆け込んだのだ。大事には至らなかったが、つくづく「深夜の急病は不安が大きい」と実感。特に救急車を呼ぶべきかどうかの判断は、素人には難しい。

■「家に医者が来てくれたら…」がヒントに

「こんな時、夜中でも気軽に家に来てくれるお医者さんがいれば……」

 そう思って、知人の医師に相談を持ちかける。実は高校の同級生2人が関東で医師をしており、普段から親しくしていた。

「救急車を呼ぼうかどうか迷ったと話したら、“呼ばなくて正解。大げさだよ”と笑われました。でも、こうも言われたんです。“医師が家に行くのはいいアイデアだ。このビジネスモデルが広まったら、病院側の負担はかなり減るだろう”と」

 2人のうち1人は救命救急医。軽症なのに安易に救急車を呼んだり救急病院に駆け込んだりする“コンビニ受診”に振り回される側の意見だから説得力がある。さらに若い医師は生計を立てるために夜勤などのアルバイトを掛け持ちしていることも知った。つまり、往診する医師は確保できると踏んだのだ。

 あとはこのアイデアをどう現実的に運用するか。折しも、レストランの料理を自宅に運んでくれるデリバリーサービスが2年前に日本に上陸し、配達エリアを拡大していた。

「そうだ、お医者さんのウーバーだ!」

 フードデリバリーのように、医師もスマホひとつで気軽に注文できれば――ITのプロの血がうずいた。

たった2人の医師でスタート

 夜間や休日に、アプリで気軽に医師を呼ぶことができる往診サービス「コールドクター」。その代表は、IT大手のサイバーエージェントに勤めながら、2018年にこの会社を立ち上げた。深夜の突然の腹痛で救急車を呼ぶかどうか迷い、「家に医師が来てくれたら」と思った経験がきっかけだ。

 ◇  ◇  ◇

 それを松本深志高校の同級生の医師2人に相談したところ、「救急病院の負担が減るいいアイデアだ!」と意気投合。そのうちの1人、鈴木智士医師がさっそく母体となるクリニックを武蔵小杉のマンションの一室で開業した。同時に自らは法人設立とホームページ、アプリ制作に着手。設立資金は個人の借り入れで賄った。トップ以外は、同級生の医師2人でのスタート。全員本業との掛け持ちだ。

「まずはチラシを刷って配りました。皆さん受け取る時は“いいサービスね。困った時に使うわ”なんて言ってくれるのですが、健康な時は必要ないのですぐ忘れてしまい、いざという時には思い出せない……。なので、最初の頃はお客さんがゼロという日が続きました」

 それでも、保育園などへの働きかけが奏功し、少しずつ利用者が増えていった。当初は自分が電話で応対し、医師を車で送迎した。医師が足りず到着まで3時間以上かかったこともあったが、患者から必要とされているという実感が、3人を突き動かした。

「いちばん多い利用者はお子さんを抱える親御さん。次は若い働き盛りの人。仕事が忙しくて病院に行く暇がないから、明日までになんとかしてくれという依頼も結構ありましたね」

ピーク時には戦場のような忙しさ

 様相がガラリと変わったのが今年の初め。新型コロナウイルスの感染が拡大し、自宅療養者からの依頼が急増したのだ。

「いまはだいぶ落ち着きましたが、1カ月ほど前のピーク時には問い合わせが300件、往診に行ったのが100件、そのうち半数以上がコロナ患者でした。コロナの疑いのある人は、PCR検査をしたり、防護服を着込んだりと手間も時間もかかります。なのでいつもより多い、医師15人、ドライバー15人で臨みました。陽性の結果が出ると保健所へも連絡しなければならず、事務局もまさに戦場のような忙しさでしたね」

 往診に行ったはいいが、血中酸素濃度が90%を切るなど重篤な時は救急車を呼ぶしかなかった。だが受け入れ先が見つからず、2時間も立ち往生した揚げ句、結局自宅に戻されたというケースも。往診サービスの限界ではあるが、不安をかかえる患者の元に医師が駆けつけた意義は大きい。おかげで少なからぬ命が助かったであろう。

 このコロナの影響もあり、〈医師が自宅に来てくれる〉サービスは、他社のものも含め一般的に知られるようになった。

ゆくゆくは自宅で簡単な手術も

 ちなみに「コールドクター」の診察料は健康保険が適用。それに一律の交通費と夜間割増料金がかかる。目安は3割負担で7400円~+交通費1000円。医療費助成制度のある自治体なら子供の診察費はゼロ円だ(交通費や割り増し分は別)。

 当初2人だった医師の数も急増。現在の登録数は400人を超える。

「空いた時間にできますし、1人1台送迎車が付くので、出勤の手間も時間もかかりません。将来開業する時のために勉強したいという人もいますし、中にはコールドクター専門でやっている医師もいます。給料的にも日中の勤務医より多少高いと思いますよ。医師の働き方は、着実に変わりつつあります」

“デリバリー医”の普及は、日本の医療も大きく変える可能性がある。もしかしたら、病院は行くのではなく、来てもらうのが当たり前になるかもしれないからだ。

「今は法律的な問題もあって不可能ですが、近い将来、自宅で簡単な手術ができる日が来るかもしれません。それで今より多くの患者さんが、元気になってくれればと願っています」

(取材・文=いからしひろき/ライター)

▽中原毅(なかはら・たけし) 1987年、長野県松本市出身。松本深志高校、慶応義塾大学商学部を経て、2011年、繊維商社に入社。14年にグリーへ転職し、経営管理、ゲームアプリプロデュースを歴任。17年、サイバーエージェントに入社。ディレクター、プロモーション業務を担当しつつ、18年にコールドクターを設立。19年にサイバーエージェントを退社。現在の医師登録者数は約400人。

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