ボクサー志望&慶大哲学科卒の変わり種が「重度障害介護」事業の“雄”になるまで

公開日: 更新日:

株式会社土屋社長 高浜敏之さん

 慢性的に人手不足の介護業界、しかも重度の肢体不自由または知的・精神障害のある24時間のケアが必要な方向けの「重度訪問介護」職にもかかわらず、就職希望者が後を絶たない。従業員1100人、全国40都道府県に訪問介護事業所「ホームケア土屋」を展開。このスタッフで、500人以上の重度障害者や高齢者の生活を支える。

 2020年8月に、岡山県井原市で同社を創業した。社名の土屋は名字ではないのかと聞くと、「よく聞かれます。前身の会社から事業を分ける形で独立したので、利用者さまが混乱しないよう、社名の一部も引き継いだのです。知らない人には紛らわしいですよね」と笑う。だが、ここまでの道のりは、文字通り波瀾万丈だ。

 東京都出身。元ボクサーの父の影響で、子供の頃からプロボクサーを夢見た。

「父はファイティング原田さんとスパーリングしたこともある人で、プロの手前ぐらいまで行きました。ですが結核を患い断念。その代わりというわけではありませんが、子供の頃から“男は強くなれ”と教えられ、喧嘩に勝つと褒められる少年期を過ごしたので、その道に進もうと思うのは自然な流れでしたね」

 19歳の時に、元世界チャンピオンの辰吉丈一郎氏も所属した帝拳ジムに入門。将来を嘱望されたが、20歳手前で、本人いわく「逃げ出した」。

「実際やってみて、命の危険もあるハードなスポーツだと分かったのです。たとえプロになっても、とてもやっていけないと怖くなりました」

 もともと勉強が嫌いではなかったので、上智大学に入学。しかし、ボクシングへの夢を断ち切れず、再びジムの門を叩く。

「だけど結局また辞めてしまいました。24歳の時です。やっぱり自分には向いていない。プロボクサーへの夢はきっぱり諦めました」

 その後は慶応義塾大学文学部哲学科に入学。大学教授を目指すが、やはり本人いわく「そこまでの頭脳はなかった」ため軌道修正。卒業後に始めたのが、介護の仕事だった。

「大学では哲学を本気で勉強していたので、今さら普通の企業には就職したくありませんでした。そんな時、大学時代の友人だった今の妻に薦められて、鷲田清一さんという哲学者の『〈聴く〉ことの力』という本を読んだのです。そこには、阪神・淡路大震災でPTSDを負った女性に精神科医が耳を傾けるシーンがあり、それにすごく感動したのです。自分もこのように、人を支える仕事がしたい、介護の現場に身を置きたいと思いました」

 当初は、「介護であれば何でも」よかったが、弟が高齢者福祉の仕事をしていたので、かぶらないよう障害者福祉の仕事を志向。30歳の時、たまたま求人雑誌で見つけて就職したのが、現参議院議員・木村英子氏(れいわ新選組)が代表を務める、東京都多摩市の「自立ステーションつばさ」だ。

「実際に現場に入ってみると、初めてのことばかりで苦労しましたが、葛藤も含め、実に興味深い仕事だと思いました」

「障害者をバカにしているのか!」

 仕事を始めて3カ月後。代表の木村氏に感想を聞かれる。仕事について率直に感想を述べたが、突如木村氏が激怒したという。

「利用者から現場で理不尽なことを言われた時の対応を聞かれたので、適当に受け流していると答えたら『障害者をバカにしているのか!』と一喝されたのです。ご本人は小さい頃に施設に入れられ、一生天井を見て生きると覚悟したけれど、多くの人に支えられて自立することができた。時には叱責されたこともあるけれど、本気で向き合ってもらえたおかげで今がある。そんな介助者に、僕にもなって欲しいと言われた時は、胸を打たれましたね」

 この一言で、より真剣に介護の道を志そうと決意したという。しかし、思わぬ落とし穴に足をすくわれる。さまざまな心労やストレスで、アルコール依存症になってしまったのだ。

 

アルコール依存症で生活保護を受けた過去

 24時間ケアが必要な重度障害者向けの訪問介護事業所「ホームケア土屋」を運営。業界全体が慢性的な人手不足にあえぐ中、就職希望者が殺到。従業員1100人で全国500人あまりの利用者の生活を支える。

 その代表は、若いころはプロボクサーを目指していたが、30歳の時に介護の道へ。現参議院議員の木村英子氏が代表を務める「自立ステーションつばさ」で働き始める。

 その後、木村氏の紹介で、同氏が書記長を務める「全国公的介護保障要求者組合」の事務局を兼務。介護の現場での仕事と、日本の障害者福祉制度をつくってきたパイオニア的団体での活動の二足のわらじで、介護の知識と経験を積んでいった。

 しかし、介護の仕事での収入は少なく、朝は掃除、夜は塾の講師をしなければ暮らしていけなかった。また当時、父親が末期がんに侵されたこともあり、経済的にも精神的にも追い詰められていく。

「もともと酒は結構飲む方だったのですが、それが高じてしまって……。一切仕事ができなくなり、生活保護を受けながら回復支援施設に通う日々を2年半送りました」

 しかしその生活は、高浜さんいわく「充実していた」という。

「僕にとって、生活保護を受けていないことの方が恥。介護というコミュニティーの中では、僕は社会的マイノリティーでしたから。それが生活保護を受けることになり、むしろ誇らしい気持ちでいっぱいでした。やっと同じ土俵に立てたぞと」

 生活保護を受けることは恥だと思う風潮が世の中にはある。それは生活保護を受ける当事者にも根強い。しかし、「助けられることは恥ずかしいことではない」と言う。

「木村英子さんなんて、国や人に助けられながら参議院議員をやっているわけですから。助けを得ながら社会を良くしていくという生き方もある。僕は若いころから男らしく強くありたいという気持ちが強く、それがボクサーになりたいという執着心につながっていたのですが、ようやくそうした“男性的な病”から自由になれて、もっと人と人とのつながりに重きをおける心境になれたのは、生活保護を受けたおかげです」

大事にしているのはビジネスとソーシャルのバランス

 アルコール依存症の治療中から、ホームレスや難民を支援する活動に参加。回復後はグループホームで働き始めた。その後、介護系ベンチャーの設立に携わる。

「当時、事実婚の間柄だった妻が大きな交通事故に遭い、ひとりでは生活できなくなってしまったのです。そんな時に、介護事業所の立ち上げの話をいただきました。正直、ビジネスには全く興味がなかったのですが、妻を支えるためには一ヘルパーの収入では難しい。そこで思い切って受けることにしたのです」

 まずは東京都中野区の産婦人科病院の空きスペースを利用し、デイサービスの提供を始めた。それが軌道に乗ると、今に続く重度訪問介護事業を立ち上げる。

「ここで学んだことは、企業としてしっかり高収益体質をつくれば、労働運動や国への訴えとはまた違うプロセスで、従業員の待遇を上げられるということ。そのビジネスモデルを理解できたのは大きかったですね」

 介護従事者がより誇りを持って働ける現場を実現するため、2020年8月、今の会社を立ち上げた。

「大事にしているのはビジネスとソーシャルのバランスです。儲けだけに走っても、社会性だけに頼っても、事業としては成り立ちません。社会性は担保しつつ、効率化することが肝心です。そのために力を入れているのがDXです。コロナをきっかけに、面接は全てオンラインに。従業員の仕事を倫理性に基づいて評価できるシステムも導入し、ビジネスと社会性のバランスを保つようにしています」

 ゆくゆくは株式上場、そして介護ビジネスを立ち上げたい人を支援する業務も行いたいと語る。最後にすがすがしい顔でこう言った。

「ボクサーの夢が破れてよかった。きっと今の方が面白いことができているから。助けられながらでも、自分らしく生きることはできるんです」

(取材・文=いからしひろき)

▼高浜敏之(たかはま・としゆき)1972年、東京都出身。慶応義塾大学文学部哲学科卒、美学美術史学専攻。大学卒業後、介護福祉社会運動の世界へ。自立障害者の介助者、障害者運動、ホームレス支援活動を経て、介護系ベンチャー企業の立ち上げに参加。デイサービスの管理者、事業統括、新規事業の企画立案、エリア開発などを経験。2020年8月に株式会社土屋を起業。代表取締役CEOに就任。趣味はボクシング、文学、アート、海辺の散策。

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1
    “移籍志願”発言に揺れる大谷 エ軍は再契約を切望するなら「レイズ」フロント引き抜きを

    “移籍志願”発言に揺れる大谷 エ軍は再契約を切望するなら「レイズ」フロント引き抜きを

  2. 2
    読売テレビ解説委員長の痛烈な「小室圭さん批判」はなぜ急に鳴りを潜めたのか(成城大学教授・森暢平)

    読売テレビ解説委員長の痛烈な「小室圭さん批判」はなぜ急に鳴りを潜めたのか(成城大学教授・森暢平)

  3. 3
    <71>野崎幸助さんの遺体第一発見者は早貴被告「冷たいというかカチンカチン」

    <71>野崎幸助さんの遺体第一発見者は早貴被告「冷たいというかカチンカチン」

  4. 4
    小室圭さんは一度は「婚約辞退」を考えた 内定会見後のお食事会から“異変”が…

    小室圭さんは一度は「婚約辞退」を考えた 内定会見後のお食事会から“異変”が…

  5. 5
    専門家もお手上げ? コロナ感染者が急減のナゾ…「減ったように見えるだけ」の指摘も

    専門家もお手上げ? コロナ感染者が急減のナゾ…「減ったように見えるだけ」の指摘も

もっと見る

  1. 6
    小室圭さん問題で責任論も噴出 いまいちよく分からない「宮内庁」職員の“実態”

    小室圭さん問題で責任論も噴出 いまいちよく分からない「宮内庁」職員の“実態”

  2. 7
    おばあちゃんになる山口百恵さん「初孫への想い」長男夫婦が第1子妊娠を発表

    おばあちゃんになる山口百恵さん「初孫への想い」長男夫婦が第1子妊娠を発表

  3. 8
    眞子さまの結婚は「わがまま」なのか…小室圭さんとの入籍に根強い「反対」の声

    眞子さまの結婚は「わがまま」なのか…小室圭さんとの入籍に根強い「反対」の声

  4. 9
    FW大迫勇也の離脱は森保ジャパンには“ケガの功名” アタッカー世代交代の絶好機

    FW大迫勇也の離脱は森保ジャパンには“ケガの功名” アタッカー世代交代の絶好機

  5. 10
    ジリ貧公明が3選挙区で大苦戦、現職閣僚も落選危機!「小選挙区で完全勝利」早くも黄信号

    ジリ貧公明が3選挙区で大苦戦、現職閣僚も落選危機!「小選挙区で完全勝利」早くも黄信号