“塗るワクチン”に挑戦!気さくなベンチャー女性社長の異色経歴と大胆思考

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ナノエッグ社長 山口葉子さん

 注射ではなく、塗るワクチンができないか――そんな大胆な発想で皮膚の研究を進める医療ベンチャー「ナノエッグ」の代表を務める。

 その中核となる技術は2つ。ひとつは社名にもなっている「ナノエッグ」。これは、薬剤をわずか数ナノメートルの極小カプセルに封じ込めるというもの。もうひとつはそのカプセルを体内に浸透させるために、皮膚の細胞を瞬間的に揺るがしてすき間をつくる「ナノキューブ」という技術。これら2つの技術を応用し、さまざまな高機能スキンケア化粧品を世に送り出している。

 もともとは医学ではなく、物理学が専門。それなのに、ある日突然「人の役に立ちたい」と思い立ち、医大で、本人いわく「研究を補助するパートのおばちゃん」として、ゼロから再出発した異色の経歴の持ち主なのだ。

 静岡県東部の函南町出身。家が山あいにあったため、小学生時代は山道を片道1時間半かけて通った。その結果、足が速くなり、中学2年生の時には陸上800メートルの日本中学新記録を樹立する。

「校長室は顔パス、練習していると女子生徒から黄色い声援が上がるなど、文字通りスターでした。ところが思春期で体形が変わり、思うように走れなくなると、手のひら返しで無視。人間ってこうなんだと、ひどく傷つきました」

■猛勉強の末に研究者の道へ

 スターからただの中学生へ。その落差に「どうやって生きていこう」と、死すら意識したという。しかし悩んだ末、「見返すには勉強しかない」と一念発起。猛勉強の末に学年テストで1位を取り、高校受験では県内一の進学校に合格。大学は国立の静岡大学に進んだ。

「保守的な父からは“女なんだから先生になって長男と結婚しろ”と言われましたが、絶対真逆に行ってやろうと。それで何となく面白そうという理由で工学部を選んだんです」

大学院修了後、外資系化学工業メーカーへ就職

 実は医学部に進みたかった。しかし経済的な理由で断念。やむなく別の道を進んだわけだが、それが結果的に新しい医療系ビジネスにつながるのだから、進路とは分からないものだ。

 大学時代は「遊びとバイトばかりで、ほとんど大学には行かなかった」。こなしたバイトは数十種類。中でも鮮明に覚えているのが「死体洗い」のバイトだ。

「大学の事務室の掲示板にバイト募集していたので行ってみたら、ホルマリン漬けの身元不明の遺体をデッキブラシでゴシゴシ洗う仕事。学費のためにどんな仕事でも我慢する覚悟でしたが……2体でギブアップしました」

 奔放かつ勇猛果敢な4年間を過ごしたせいか、「このまま卒業したら社会ではやっていけない。やばい」と、修士課程に進む。そこで出会った恩師の「君の手は研究者に向いている手だ」という一言で、研究者を志す。そして大学院修了後は外資系化学工業メーカーに就職。折しも男女雇用機会均等法施行の年で、同社初の女子研究職としての採用だった。

「だからといって変に女の子扱いせず、良い意味でやりたい放題使ってもらいました。例えば工場のタンクを掃除するのに、“体小さいからおまえがやれ”って、ロープで吊るされたり……。今なら絶対アウトですけど、おかげでたくさん経験が積めました」

■結婚すればドイツのビザが取れると、自らプロポーズ

 ご主人ともその会社で出会った。結婚の理由がユニークだ。

「博士号を海外で取ろうと、ドイツの大学に研究職の空きを見つけたのですが、学生向けのビザが下りなくて……。そうしたら、当時、社内恋愛していた旦那が会社からドイツへの出向を命じられたんです。お、結婚すればビザが取れる、これはチャンス! と、私からプロポーズしたんです」

 そんなふうにして、ドイツに渡ったのが29歳の時。途中で子宝にも恵まれ、出産のために日本とドイツを行き来した末、33歳で念願の博士号を取得した。しかし、意気揚々と帰国したものの待っていたのは、厳しい現実だった。

「就職先がないんです。海外の学位じゃ実績にならないって。仕方なく、しばらく主婦をしていました」

 ただでさえ女性研究者には不遇な時代だった。

「日本に戻り、さあ研究に邁進しようと思ったら、就職先が見つからない。海外で取った博士号では実績として認められなかったからです。女性だからというのもあったでしょうね」

有名医大に“パートのおばちゃん”で採用

 なんとかドイツ留学時代のツテで研究論文発表の機会を得ると、それを見た横浜国立大学の教授が「うちに来ないか」とスカウト。ただし役職は工学研究科のポスドク(博士研究員)、つまり非正規雇用の職員だ。契約期間は3年。その後に正式雇用される保証はない。しかし懸命に働いた。

「子育てしながらでしたので、この時期が一番忙しかったですね。寝る間もなく働いて、仕事が終わると子供を保育園に迎えに駅まで走る毎日。我ながらよくやったなと思います」

 そうこうしているうちに任期の3年が過ぎ、「何か新しいことをやりたい」との思いが募り、もともと目ざしていた医学の道をこころざす。といっても、新たに大学で学び直すのは難しい。そこで山口さんが取った手段は……。

■物理の博士号を持っていると言ったら…

「たまたま聖マリアンナ医科大学で研究補助のパート募集をしていたので応募したら、受かっちゃったんです。物理学の博士号を持っていることは内緒。文字通り“パートのおばちゃん”としてです(笑い)」

 その研究室は、ドラッグ・デリバリー・システムという、薬を患部に届ける医療技術を研究していた。

「これまでやったことがない動物実験や細胞培養のやり方などをいろいろ教えてもらいました。製剤をつくる手伝いをして! と言われればやりましたし、もちろんお掃除も。大変でしたけど、初めてのことばかりだったので面白かったですね」

 しかし、やがて隠していた爪があらわに。留学経験を生かし、外国人客に英語で応対しているところを見られたのだ。

「実は物理の博士号を持っていると言ったら、“ゲゲゲ”って驚かれました。そのうち“論文書ける?”という話になり、実際に書いて研究発表などをしているうちに助手になり、気づいたら准教授になっていました(笑い)」

論文で3億円の助成金を獲得

 物理学と医学。素人には同じ理系のジャンルに思えるが、「言っている言葉も違う、全く別の世界」なのだそう。だからこそ「見えてくるものがあった」という。

「薬の投与ひとつとっても、医療の人はまず注射や経口薬という発想です。だけど私は物理学なので、皮膚から浸透させられないかと、自由な発想で考えられました」

 そこから生まれた〈薬剤をナノレベルの極小カプセルに入れ、肌の再生を促す研究〉が、3億円の大型助成金を獲得。その条件が、研究成果をもとに起業することだったため、今の会社を立ち上げた。

「しかし研究を進めるうちに、皮膚から本当に薬を入れるにはカプセルだけでは不十分だと分かりました。そこで考えたのが、〈皮膚そのものの構造を瞬間的に変えて、薬を浸透させやすくする技術〉です。これは、物理学の時の液晶の研究が役に立ちました。実は人間の皮膚の構造は、液晶にそっくりなんです」

 その発想を思いついたのが「トイレの中」というのが面白い。

「自分がやってきたことと、新しく始めたことが、つながったのだと思います。その瞬間を見逃さなかったのが勝因ですね」

 そうやって生み出した新技術をもとに画期的な化粧品を次々と開発。優れた起業家に贈られる賞も数多く受賞してきた。そんな話を聞いていると、イノベーションのカギは、〈既存の常識に縛られず、常に新しいことにチャレンジし続けること〉だと分かるが、実際挑み続けるのは大変だ。

「私には変なプライドがない。だから何にでも興味を持ち、首を突っ込んじゃうんです」

 女性研究者の道を切り開いてきたこのバイタリティーが、医療の未来を変える日は近い。

(取材・文=いからしひろき)

▽山口葉子(やまぐち・ようこ)
1963年、静岡県出身。静岡大学大学院で修士課程修了。ダウコーニング(現東レ・ダウコーニング)を経て、ドイツ・バイロイト大学で理学博士号取得。帰国後、横浜国立大学大学院工学研究科に勤務。任期終了後、聖マリアンナ医科大学難病治療研究センターに転職。同大客員教授、科学技術振興機構プレベンチャー事業採択を経て、2006年にナノエッグを設立。独自技術により開発した高機能スキンケア化粧品が肌トラブルに悩む人たちに好評。第3回日本ベンチャー大賞の経済産業大臣賞「女性起業家賞」など受賞歴多数。

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