片岡健
著者のコラム一覧
片岡健ノンフィクションライター

出版社リミアンドテッド代表。著作に、「平成監獄面会記」、同書が塚原洋一氏によりコミカライズされた「「マンガ 獄中面会物語」」(共に笠倉出版社)など。

元厚生次官宅連続襲撃事件の小泉毅死刑囚「私の人生は一言で言って幸せでした」

公開日: 更新日:

 2008年11月18日、小泉毅死刑囚(60)はさいたま市の元厚生事務次官の男性(当時66)宅を襲撃し、男性とその妻(同61)をナイフで刺殺。さらに翌19日、東京・中野区の別の元厚生事務次官の男性(同76)宅に押し入り、1人で家にいた妻(同72)を刺して重傷を負わせた。

 ◇  ◇  ◇

「私が言ってもいないことを取り調べで言ったように書かれたり、私はたばこを吸わないのに喫煙マナーが悪かったように書かれたり。新聞や雑誌はデタラメな記事ばかりでした」

 13年の春、東京拘置所の面会室。初めて会った小泉死刑囚は思っていたより小柄で、おとなしそうな人物だった。自分に関する報道を批判する言葉は厳しいが、話しぶりは穏やかだった。

愛犬の「あだ討ち」で3人殺傷

 この4年半前に起こした連続殺傷事件は当初、年金行政に不満を持つ者によるテロの疑いが報じられ、社会を騒然とさせた。しかし、ほどなく警視庁本部に出頭した小泉死刑囚(当時46)が明かした犯行動機は、意外過ぎるものだった。

「家族のあだ討ちをしたのです」

 家族とは、小泉死刑囚が山口県の実家で子供の頃に飼っていたチロという雑種犬のことだ。そのチロが野犬と間違われ、保健所で殺処分になった恨みを晴らすべく、所管の省庁である旧厚生省の元トップの家を襲撃したというのだ。この予測不能の「真相」に、社会は再び驚いた。

 その後、小泉死刑囚は裁判で被害者の元厚生事務次官たちを「マモノ」、その妻たちを「ザコ」と呼び、「私が殺したのは人間ではない」と無罪を主張。この主張は当然退けられ、1、2審ともに死刑判決を受けた。私が初めて面会した時は最高裁に上告中だった。

 以来、1年余り取材したが、彼は理路整然とした話し方をする人物だった。あだ討ちを決意した経緯も淡々と説明した。

「チロちゃんが殺されたのは、小学校を卒業した春でした。その後、進学した高校の正門前にチロちゃんが連れて行かれた保健所があり、私は毎日、その建物を見ながら怒りと憎しみ、殺意を心に刻み込みました。そして高2の時、あだ討ちを決意したのです」

 この決意を30年近く胸に秘め続け、あだ討ちを決行したのだ。

獄中の手記

 犯行後に自首したのは、法廷で意見を述べるためだったという。

「チロちゃんのあだ討ちは果たせましたが、日本では、他にも何の罪もない犬や猫が毎日大量に保健所で虐殺されています。私は裁判で無罪を主張することで、殺された犬たち、猫たちの代弁者となり、“ペット虐殺行政”を批判しようと考えたんです」

 そう語る彼は真顔だった。自分の正義を信じ、みじんも疑っていなかった。

 獄中では犯行までの日々を手記につづっており、それも見せてもらった。あだ討ちを実行した時に迷惑がかからないように親族とも意図的に疎遠にしていたこと。あだ討ちのために筋トレやジョギングに励んだこと。チロの毛と写真をお守りに入れて大事に保管し、犯行時も持参していたこと。39枚に及ぶ手記の記述は詳細で、小泉死刑囚が人生をチロのあだ討ちに捧げてきたことがよく伝わってきた。

 彼は国立の佐賀大学理工学部を中退後、転職を繰り返し結婚もしていない。しかし手記には、〈私の人生は、一言で言って、幸せでした〉と総括的に書かれていた。あだ討ちという人生の目標を果たし、一片の悔いもないようだった。

 14年6月、最高裁に上告を棄却されて死刑が確定し、もうすぐ8年。いつか処刑台に上る時が来ても、小泉死刑囚が自分の正義と幸せを信じる気持ちは揺らがないと思う。

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