地動説をめぐる闘い ガリレオは「それでも地球は動く」と言っていない?
資料①は「チ。─地球の運動について─」(小学館)という漫画の表紙です。
作者の魚豊氏は、コミックス全8巻に及ぶ作品の中で、世代を超えて継承される意志をテーマに、オムニバス風の大河ドラマを展開しました。舞台は中世末期のヨーロッパ。C教という教会の価値観が広く世を覆う中、ふとしたことから教会とは異なる世界観に触れた人々が……。
これ以上はネタバレになってしまいますので詳しく紹介できないのが残念です。昨年の第26回手塚治虫文化賞のマンガ大賞に選ばれるなど多くの賞を獲得した話題作ですので、ぜひご自分の目で確かめてみてください。
そんな本作のモチーフのひとつと考えられるガリレオ=ガリレイ(1564~1642年=絵②)の宗教裁判について今回は紹介します。
■天動説と科学
中世キリスト教の世界観は、神が創ったこの大地が宇宙の中心にあり、神の力によって太陽や星などがその周りをめぐるという天動説でした。
その理論的な根拠は2世紀にエジプトのアレクサンドリアで活躍した天文学者プトレマイオスの宇宙観でした(絵③)。地球の周りを太陽や星が回るというのは、生活実感から考えるととても分かりやすいですね。しかし、大きな問題がありました。それは地球から星を毎日観測すると、金星や木星などが天空を逆行する動きを見せるという現実です。したがって、これらの星は「惑う星」、すなわち惑星と呼ばれているのです。
こうした問題に対し、プトレマイオスは見事な論理で説明をしています。地球を中心にした円周上を星が回っていると仮定し、さらにその円周上の一点を中心に星が回転していると考えたのです(図④)。
これなら惑星が逆転した動きを見せることも説明できます。
■天体観測の発展
近世になると、より緻密な天体観測が可能となっただけでなく、大航海時代を経て、ヨーロッパの人々の目が、より広い世界へと開かれました。星の動きをめぐりさまざまな可能性が検討されるようになる中、イタリアのガリレオは独自に望遠鏡を開発し、火星や木星を観測しました。すると、とんでもないことが分かったのです。一体、何だと思いますか?
■衛星の発見
ガリレオが見つけたのは、木星の周りを回る衛星の存在でした。地球の周りを月が回るのは特別ではなく、他にも衛星を持つ惑星がある。金星にも満ち欠けがあるという事実も発見し、太陽が中心であると考えた方が、より合理的に天体の動きを説明できると考えたのです。
大航海時代より以前、教会の世界観においては大地は平板のようなものであり、地の果てがあると考えられていました。しかしそれは、大地が球体であるという現実の前に修正を余儀なくされます。天動説に対しても、さまざまな学者や宗教者が疑念を抱くようになりました。
■宗教裁判
主流だった天動説を覆したのが、ポーランドの天文学者コペルニクスです。彼は1543年の「天球回転論」の中で地動説を提唱しました。
ただ、コペルニクスの地動説が天文計算を行うための仮説提示だったのに対し、ガリレオはさらに踏み込んで天動説が誤りであることを論じました。ガリレオは1632年、長年の研究成果をまとめ、「天文対話」を出版します。これに対して教会側は反発。翌33年から宗教裁判が始まりました。
論点となったのは地動説が正しいか否かではなく、地動説を論じてはならないという警告を教会が出していたにもかかわらず、ガリレオがそれを無視したことでした。つまり、ガリレオが警告を無視した事実を認めて謝罪していれば、軽微な罪で済んだはずだったのです。しかし、ガリレオもかたくなでした。自らの誤りを認めなかったことから、裁判はこじれてゆきます。
そもそも宗教裁判とは、有罪か無罪かを判定する場ではなく、異端の疑いのある考えを抱いた意図を明らかにする場でした。したがって、最初から無罪という選択肢はなかったのです。
最終的にガリレオは地動説の誤りを宣誓させられ、著書である「天文対話」を書き直すとまで発言しました。最終陳述でガリレオは、カトリック教徒として「無知と不注意によって」軽率な発言をしてしまったと反省しています。
裁判の結果、ガリレオは生涯、軟禁状態に置かれることとなりました。
■後世の創作
最後にガリレオの有名な言葉について検討しておきましょう。
裁判所を出る際につぶやいたとされる「それでも地球は動く」です。しかし、本当なのでしょうか?
もし本当だとすれば、発言の記録が残っているくらいですから、すぐに教会に知られて、今度こそ火あぶりで処刑されていたことでしょう。実際のところ、この発言があったという「記録」は、ガリレオがこの世を去ってから115年も後の1757年に出版された本に掲載されたものだったのです。間違いなく後世の創作であるといっていいでしょう。
ただ、ガリレオ自身が心の中で「それでも地球は動く」と思い続けていたことは確かだとも思います。今ではガリレオに軍配が上がり、地動説が「正しい」とされています。
結びに、「チ。」の中で主人公のひとりであるヨレンタが語る言葉を紹介します(絵⑤)。ガリレオが当時の社会の中で、自分の感動をどのようにして伝えようとしたのかも想像してみたいものです。
■もっと知りたいあなたへ
「ガリレオ裁判 400年後の真実」
田中一郎著(岩波新書 2015年) 858円
◆本連載 待望の書籍化!
「『なぜ!?』からはじめる世界史」(山川出版社 1980円)