大岡玲氏が厳選「混沌の2022年の暮れにかけて読むべき10冊」(下)
⑥法の精神(モンテスキュー著 岩波文庫)
博覧強記の読書の達人、大岡玲さんが選んだ名著100冊。そのエッセンスは「一冊に名著一〇〇冊がギュッと詰まった凄い本」(発行・日刊現代)に余すところなく書かれているが、その100冊の中から、今読みたい、読むべき10冊を選んでもらった後編だ。どんどん、紹介していこう。
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古典的名著が登場した時は驚いたが、ご本人も迷ったそうだ。
「検察庁法を改正し、黒川某氏の定年を延長させるというミエミエのトリックを見て、取り上げたくなったのですが、こ事柄の陋劣に比して、この大古典はあまりに高尚なので、果たしていいものかと悩みました」
それでも取り上げた大岡さんはこう紹介している。
<この書で、モンテスキューは「すべての権力者は権力を濫用しがちであり、それを抑制するためには他の権力によって権力を監視・牽制する」ことが肝要だ、と述べた。では、権力者が権力の濫用によって破壊するものは何かといえば、それは「正義の原理」である。
モンテスキューに先立つホッブスは、「万人による万人に対する闘争」が「自然状態」であると定義し、それを制御する「社会契約」の必要性を主張したのだが、モンテスキューはかなりちがった。いくぶんふざけた表現をするなら、「お花畑でピクニック」的な「平和」の観念、「愛や尊敬、感謝」によって社会を形成する「正義の原理」が、ちゃんと「自然状態」の人間にはあったというのが、モンテスキューの思想の根幹だった。
人間は弱いものであるがゆえに、社会を形成して連帯する必要がある。その連帯を保障し、皆が幸せに暮らすために法制度は存在する。だからこそ権力者が法を勝手に変えてはいけないのであり、「法」を支える根拠は「道徳心」なのである、とモンテスキューは考えた。そんな人の著作を、「道徳心」の持ち合わせどころか、そもそも法律を守らないことをもっておのれの権力のあかしだと思っている人々、あらゆる批判に耳を貸さない人々の行動に対比させて語るなんて、そんな野蛮でむなしいこと、私にはとてもできません>
大岡氏に野蛮でむなしい書評を書かせた政治家に対する痛烈な皮肉である。政治家の悪事に対して、時として鈍感になっている国民をハッとさせる名著である。