外交評論家・河東哲夫氏が読むロシアの行く末 「プーチン大統領はシロビキに引導を渡される」
河東哲夫(外交評論家/作家)
ロシアがウクライナへ軍事侵攻してから約8カ月が経ち、ウクライナ戦争はドロ沼の様相を呈している。クリミア大橋が爆破され、プーチン大統領は報復措置としてウクライナ全土をミサイル攻撃。市民が以前の生活を取り戻しつつあった首都キーウを再び恐怖へと陥れた。終わりの見えない「プーチンの戦争」やロシアの行く末について、ロシア公使の経験もある元外交官に聞いた。
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──爆破されたクリミア大橋はロシア本土とクリミア半島をつなぐ、ロシア軍の重要補給路です。
クリミア大橋は鉄道と道路が走っており、爆破されたのは道路でした。鉄道は貨物車両の爆発当日に片道だけ復旧。輸送能力を鉄道に依存するロシア軍にとって、鉄道部分が壊滅していたらクリミア半島の防衛は困難を極める事態に陥っていたでしょう。部分的に復旧したとはいえ、ロシアにとってクリミア半島はもはや安全ではなくなりました。
──戦争の出口がまったく見えません。
プーチンの大統領補佐官は、12日のアジア相互信頼醸成措置会議を前に、トルコのエルドアン大統領に調停役を期待することをにおわせましたが、実際の首脳会談でその話は出なかったようです。エルドアンが停戦を持ちかけても、今優勢のウクライナは応じないでしょう。ただ、さすがのアメリカも、ウクライナに供与している兵器の在庫が底をついて、急には増産できない事態が迫っているようです。“ロシアもウクライナも、兵士も兵器もない”という状況になれば停戦は可能でしょう。ただ、ロシアがウクライナ領の占領を続けている限り、戦火はいつか必ず燃え上がるでしょう。
■核使用はコストパフォーマンスに見合わない
──ロシアによる戦術核(小型核)の使用が現実味を帯びてきます。
ロシア人は、自分たちは核兵器を持っているからこそ相手にしてもらえると思っているので、核兵器使用をチラつかせるのです。ロシアは核兵器を落とされた経験もなく、必要なら使用をためらわないでしょう。ただ、ウクライナ戦争では、実際には使える場所がないだろうと思います。ウクライナ領で使うと、そこにはロシアが保護したいと言っている、ロシア語を話すロシア系のウクライナ人が絶対いる。彼らだけ事前に避難させることは不可能です。他には西側諸国の兵器が集積されているポーランドの基地を核攻撃することも考えられますが、これは通常弾頭のミサイルでも爆撃できるはずで、わざわざ核を使う必要はない。核使用に対する西側諸国の反発は凄まじいでしょうから、どう考えてもコストパフォーマンスが見合いません。
──核兵器使用は避けられたとしても、長期化は覚悟しなければならない?
考えられるシナリオは、戦争が長引くうちにプーチンが引導を渡されること。西側諸国から見れば、プーチンは絶対に退かない「独裁者」のイメージが強いけれども、決して絶対的リーダーではありません。彼の権力基盤は、KGBの後身にあたるFSB(ロ連邦保安局)。つまり、シロビキ(公安)です。ロシア中の情報を把握し、工作もできるネットワークを持ち、経済のことも理解している機関はFSBの他にないから依存せざるを得ないのです。つまり、プーチンを担ぐかどうかはFSB首脳陣の腹次第です。シロビキも権力を失えば裸にされて道路に放り出されるかもしれない恐怖心を抱いているから、プーチンでは権力を維持できないと思った瞬間、降ろしにかかると思う。それはある日、シロビキの連中が、大統領オフィスに入っていって「ロシアのために退いてください」「今退けば、あなたと家族の命を保証しますよ」と脅しながら引退を突き付ける形になるかもしれない。ただ、問題は誰が後釜に座るかです。