津野田興一
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津野田興一都立立川高校教諭

1965年生まれ。東京都立大学大学院人文科学研究科史学専攻修了。現在、東京都立立川高校で世界史を教える。著書に「世界史読書案内」(岩波ジュニア新書)、「やりなおし高校世界史―考えるための入試問題8問」(ちくま新書)、「第2版 ポイントマスター世界史Bの焦点」「『なぜ!?』からはじめる世界史」(山川出版社)など。

東大入試から読み解く「歴史認識問題」中国と韓国に横たわる“満州帰属”論争

公開日: 更新日:

 昨今の国際情勢の中で目立たなくなっていますが、日本と、韓国や中国との間には「歴史認識問題」と言われる一連の争点があります。しかし、このような問題は、実は韓国と中国との間にも存在し、国際的な論争にまで発展しているのです。2019年に東京大学で出題された世界史の入試問題は、その点を踏まえた問いで、とても興味深いものとなっています(資料①)。

 設問のリード文は、中国と韓国との間に「中国東北地方」の帰属をめぐる対立があることを指摘しています。恐らく、受験生にとっては初耳だったことでしょう。その上で設問(a)は、韓国の教科書が「満州と韓半島」を韓国史の舞台として考えていることを示し、その考えの根底にある4~7世紀の政治状況を問うています。

■資料①

 1990年代後半より、中国と韓国の間で、中国東北地方の帰属の歴史的解釈をめぐる対立が生じた。このことに関連する以下の問いに答えなさい。

(a)当時の韓国の歴史教科書では、韓国史は「満州と韓半島」を舞台に展開した、とされている。その考え方の根底にある4~7世紀の政治状況について、60字以内で説明しなさい。

(b)中国は、渤海の歴史的帰属を主張している。その根拠の1つとされる、渤海に対する唐の影響について、60字以内で説明しなさい。

■韓国側の主張

 韓国史(朝鮮史)の舞台は韓半島(朝鮮半島)だけでなく、満州(中国東北地方)も含まれるという解釈は、「中国東北地方」に対する歴史的な「主権」があると主張することに他なりません。そのような主張の根拠の一つを、4~7世紀の政治状況に求めるとするならば、まず「高句麗をどう見るか?」という問いを考えなくてはならないでしょう。

 地図②を見ると分かるように、扶余族が建てた高句麗は、中国による支配の拠点となっていた楽浪郡(現・平壌付近)を313年に攻略した後、韓半島(朝鮮半島)北部から満州(中国東北地方)にまたがる国家を形成しました。4~5世紀に最盛期を築いた広開土王を称える碑文には、高句麗が百済や新羅だけでなく、海を越えてきた倭の勢力も撃退したと書かれています。

 ちなみに、この広開土王碑文は、現在の中国東北地方の吉林省集安市に現存しています。高句麗が朝鮮半島と中国東北地方にまたがる国家であったことの何よりの証拠ですね。

 その後、半島東南部の新羅が唐と結んで台頭。まず660年に百済を滅ぼし、その百済復興をかけた663年の白村江の戦いで百済復興軍と倭国の連合軍を撃退しています。また、新羅は668年に高句麗を滅ぼし、676年に唐の勢力も半島から駆逐して史上初の統一を成し遂げました(統一新羅)。

 こうした歴史を現在の韓国の立場から解釈するならば、新羅は唐と結んで百済と高句麗を倒し、その唐を追い出して統一したわけですから、高句麗の領土だった半島北部と満州地域は、歴史的に韓国のものであると主張することも論理的には可能です。では、これに対して中国はどのような主張をしているのか見てみましょう。

■中国側の主張

 東京大学の設問(b)は、中国が渤海(698~926年)の歴史的帰属、つまり渤海は中国の一部であると主張していることを指摘しています。その根拠の一つとして、唐からの影響を具体的に述べなさいと問うています。今度は「渤海をどう見るか?」という問いであると理解することができますね。

 つまり、渤海は中国の一部なのか、それとも朝鮮の国なのか、双方にまたがるものなのか、という3択の問いを立てることができるわけです。

 ところで、渤海とはどんな国なのでしょう? 靺鞨族を率いた大祚栄が高句麗の遺民らを集め、698年に満州(中国東北地方)に建国した王朝です(地図③)。その領域は、現在の北朝鮮北部から中国東北地方にまたがりました。

 渤海は歴史的に新羅と関係が悪く、国家としての自立を確保するためにも唐の文化を積極的に取り入れました。図④は渤海の都である上京竜泉府です。唐の長安を模して東西南北に道路が直交する計画都市となっています。また、唐に朝貢して冊封を受け「渤海郡王」の称号も得ていますし、律令制や中央の政治体制、そして仏教文化なども受け入れています。こうした点を考慮するならば、渤海は「東アジア文化圏」に属する国であったと言えそうです。

■そもそも「満州」とは?

 高句麗も渤海も歴史的に実在した国です。しかし、それが朝鮮の国なのか、中国の国なのかと問われると、正直なところ答えられません。理由は簡単です。両国とも現在の国境線をまたぐ形で存在した国だからです。

 実は両者には共通点があります。高句麗は扶余族、渤海は靺鞨族が国家の中心になっていたわけですが、いずれもツングース系に属しています。ツングースとは、中国東北地方から朝鮮半島北部にかけて生活してきた狩猟の民です。

 歴史的には、ツングース系の人々が生活する地域(の一部)が朝鮮の版図に入ったのは李朝の14世紀以降、中国の王朝の版図に入ったのは清朝の17世紀以降のことです。つまり、近世と呼ばれる時代にツングース系の人々は「分断」されるようになったのです。そして、全中国を支配した清は、ツングース系民族の発祥の地である満州に、漢族が入り込まないよう入植を禁止していました。

■歴史を悪用せず歴史から謙虚に学ぶ

 私たちは近代以降の国民国家の枠組みに基づいて形成された国境線をもとに、それを過去にも投影してしまう傾向があります。国境線に関しては、韓国と中国双方の主張に言い分があり、そうした論争は、相手の主張を認めてしまうと、自分の考えが全面否定されてしまうゼロサムゲームにどうしてもなりがちです。

 渤海は「東アジア文化圏」の一員であると先述しましたが、それをもって中国の一部であると論じるのなら、日本も「東アジア文化圏」の一員として同じ位置付けになってしまいます。また、高句麗をもって韓国が、中国東北地方の領土を主張するなら、それ以前に中国が朝鮮半島を郡県支配していたことをもって、「朝鮮半島は中国の一部である」と認めなくてはならないでしょう。

 現代的観点を過去に投影して、自国に都合の良い解釈をすることは、いくらでもできます。しかし、過去を過去のものとして当時の文脈の中に置いて分析しないと、それは単なる歴史の悪用になってしまいます。私たちは歴史の女神の前に、謙虚な姿勢で向き合うべきなのです。

■解答例<筆者作成>

(a)楽浪郡を滅ぼして中国東北地方から朝鮮半島に侵出した高句麗を、唐と結んだ新羅が百済に続いて滅ぼして半島を統一した。 (56字)

(b)渤海は唐に朝貢して冊封を受け、官僚制や律令などの制度や仏教文化を受け入れ、都城も長安にならった上京竜泉府を建設した。 (58字)

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森公章著(吉川弘文館 2006年) 2750円

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