歴史家が選ぶ江戸時代のレジェンドシルバー10人【後編】葛飾北斎は絵のために長寿に執着

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 老いるほどに輝きを増した江戸時代の高齢者たち。後編は、人生を“つらぬいた”「レジェンド」の話である。引き続き歴史家の八柏龍紀氏に寄稿してもらった。

 ◇  ◇  ◇

■庭園のために幕府の資金をふんだくった後水尾天皇

 後水尾天皇は在位中、じつに幕府と揉めた。幕府は、2代将軍秀忠の娘和子を入内させ、徳川の血統を皇室にと考えた。

 ところが和子入内直前、後水尾はすでにおよつ御寮人という側室とのあいだに男子(賀茂宮)をもうけていたのである。もともと後水尾は艶福家で、若いころから禁中法度を無視して遊郭にも忍んで出かけ、宮中に遊女を、いまでいう“お持ち帰り”したとも。なかなかの御仁(ヤツ)だったのだ。

 とうぜん幕府は激怒したが、このときは賀茂宮が夭折し騒ぎは収まった。だがその後もなんやかんやで朝幕関係はしばしば緊張した。そのたび後水尾は退位をちらつかせ幕府を揺さぶる。

 寛永6(1629)年、34歳の後水尾は幕府の虚を突き、突然退位し、和子との娘である興子に譲位する。約870年ぶりの女性天皇、明正天皇の即位である。

 ただし、ここからが後水尾の真骨頂であった。朝幕の宥和を餌に幕府の豊富な資金を招き入れ、晩年まで生涯をかけ、眼下に浴龍池を配し、建物の柱の一本一本、庭の一木一草、飾り棚や書院の一つ一つの細部まで自らの美意識を結実させる。いわゆる寛永文化の極みというべき修学院離宮を造営した。

■芸術家肌の東福門院和子

 その後水尾の皇后が東福門院和子である。和子は装飾美のセンスにあふれ、押絵や染色に才能を発揮した。押絵は、それを拝領することにより京の文化人や大名に、一種のステータスを与え、朝廷の友好関係や朝幕宥和に大いに寄与した。

 和子は幕府から毎年5000両以上の化粧料をもらっていたというが、それらは尾形光琳・乾山の実家・呉服商雁金屋にほとんど投下された。それが江戸寛永文化繁栄の原資となったのである。

■晩年まで公共事業に邁進した河村瑞賢

 河村瑞賢は、伊勢国から江戸に出て材木商を志した。ある日ふと、隅田川にお盆でナスやキュウリが流されているのを見て、ひらめいた。江戸ではしばしば大火が起こった。そのため建築ラッシュだ。夏場など、大工はもっぱら塩分を欲しがる。それに目をつけた瑞賢は、拾い上げたナスやキュウリを塩漬けの漬物にし、小袋に分けて売り出した。大いに売れて小金を得た。そこで材木商の鑑札を手にする。

 その後、明暦の大火(1657年)の際、またもやひらめいた。あるだけの銭をかき集め木曽に飛ぶ。木曽に着くや瑞賢は山ごと手付けを打って材木を買い占め巨利を得た。材木商はいまでいうゼネコンだ。瑞賢は材木商としてのし上がった。

 しかしえらいのはその後の瑞賢であった。瑞賢はしばらくして幕府との縁を得る。それを機に数々の公共事業に参画していった。

 瑞賢は、生来、数学的才能に恵まれていたという。それに加え高度な測量技術を身につけ、寛文年間(17世紀後半)以降に西回り(日本海側)・東回り(江戸以北の太平洋側)海運を整備し、全国海運網をつくる。また摂津・安治川の河川開削の事業などにも取り組む。

 晩年は近所に住む松尾芭蕉らとも俳句での付き合いをしたが、一方で自身の測量技術や土木技術を駆使して、80歳近くに霊岸島に河川を設ける。まさに江戸期公共事業の“レジェンド”として生涯を終えた。

■超優秀なのにとぼけた官僚、大田南畝

 狂歌師として大田南畝は、よく知られている。

 幕府の御徒という下級武士の出でありながら、幼少より優秀で、勘定所に登用され幕府官僚となる。

 その一方で国学や漢学を学び、その知識を背景に機知に富む狂歌に才を発揮し、なんと19歳で狂詩集「寝惚先生文集」を発刊する。「四方赤良」とも号し、田沼意次政権下の自由闊達な時代を知識人や有名大名らと面白おかしく過ごした。

 また、まじめなふりして吉原の遊女を身請けして自宅に住まわせたり、なかなか艶で粋なご仁でもあった。

 ところが田沼が失脚し、風紀取り締まりの厳格化をはかる松平定信が老中首座に就くと粛清の嵐が吹き荒れた。

 南畝は、定信批判の狂歌「世の中に蚊ほどうるさきものはなし ぶんぶといひて夜もねられず」の作者と目され窮地に立つが、最後までシラを切り通す。

 だが南畝はそれをきっかけにいったんは狂歌の筆をおき、新設された「学問吟味登科済」の試験を受け首席合格を果たし、ついには支配勘定まで大出世する。

 南畝の晩年だが、跡取り息子が心気を患い勘定所を失職したことで隠居ができず、そのため今でいう“雇用延長”をして勤めに出た。ところが登城の途中で転倒。それがもとで75歳で死去する。辞世の句は「今までは人のことだと思ふたに 俺が死ぬとはこいつはたまらん」。最期まで諧謔を貫いた人生であった。

■自由闊達な筆家で詩人・亀田鵬斎

 書は自由闊達な筆裁き、見識は高く、説くところは「すべての規範は己の中にあり、己を唯一の基準として善悪を判断せよ。世の権威にはすがるな」であり、亀田鵬斎はまさに独立自尊の生き方をした。とくに、くねりながらも闊達さに味をもつ鵬斎の書は江戸で大評判。晩年は中風を病み半身不随となったが、人に求められれば書も詩作も続けた。鵬斎が各地に書き残した石碑は70基以上もある。

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