津野田興一
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津野田興一都立立川高校教諭

1965年生まれ。東京都立大学大学院人文科学研究科史学専攻修了。現在、東京都立立川高校で世界史を教える。著書に「世界史読書案内」(岩波ジュニア新書)、「やりなおし高校世界史―考えるための入試問題8問」(ちくま新書)、「第2版 ポイントマスター世界史Bの焦点」「『なぜ!?』からはじめる世界史」(山川出版社)など。

近代サウジアラビアの礎を築いた「王族ビッグダディ」の巨大な影響力

公開日: 更新日:

 図①はサウジアラビア王国の国旗ですが、旗の中央の文字は何と書かれているのでしょう?

 アラビア語で、「アッラーのほかに神はなく、ムハンマドはその預言者なり」という、イスラームの五行のひとつ、シャハーダ(信仰告白)が書かれています。

 神の大切な言葉を、表からも裏からも読めるように、同じ旗を2枚貼り合わせる習わしも興味深い点です。今回は、この旗のルーツをたどりましょう。その歴史は18世紀にアラビア半島で始まった、イスラームの改革運動「ワッハーブ主義」にまでさかのぼります。

■ワッハーブ主義

 アラビア半島の中央に位置するナジュド地方(現在のリヤド州、地図②)で、1703年にムハンマド=イブン=アブドルワッハーブが生まれます。スンナ派の宗教家だった彼は後に、シェイフ(尊師)と呼ばれるようになりました。

 当時のアラビア半島は、岩や樹木、聖者などに対する崇拝が並存し、多神教と見まがう環境でした。イスラームに精通していたシェイフは、唯一神の教えに立ち戻ることを提唱。神の啓示である「クルアーン(コーラン)」と預言者の教えを忠実に行動することを求めました。これが後にワッハーブ主義、もしくはサラフィー主義と呼ばれるようになります。教えの原点に立ち戻るという点において、ルターの宗教改革と似ていますね。

■「2人のムハンマド」

 そのイスラーム改革を政治と軍事の側面から支えたのが、ナジュド地方の豪族サウード家のムハンマド=イブン=サウード(図③)でした。シェイフとサウードは盟約を交わします。「2人のムハンマド」の出会いは、サウジアラビア建国へとつながってゆきます。

 サウード家と結びついたワッハーブ派勢力は18世紀半ば、ナジュド地方にワッハーブ王国(1744年ごろ~1818年)を建設。周辺部族へジハード(聖戦)を仕掛けました。ワッハーブ主義の求める「勧善懲悪」の実践にのっとり、聖木を切り倒し、聖者の墓廟も破壊しました。そしてメッカ・メディナを含むアラビア半島全域に影響力を拡大します。

 しかし、イスラーム世界の守護者を自任していたオスマン帝国の皇帝がこれを見過ごすはずはなく、エジプト軍を使って鎮圧します。ワッハーブ王国は滅亡しました。

■内紛と半島奪還

 その後、シェイフ家とサウード家の生き残りは、再びナジュド地方で建国しますが、内紛により1889年に滅亡してしまいます。しかし、クウェートで亡命生活を送るサウード家の中に、後にサウジアラビア初代国王となるアブドルアジーズがいました。

 彼はイギリスの支援を得て、アラビア半島の奪還を画策。第1次世界大戦でオスマン帝国と死闘を繰り広げたイギリスも、オスマン帝国と因縁のあるサウード家の勢力を利用しました。

 やがて、アブドルアジーズはアラビア半島の統一を実現し、マリク(王)となります。一方で、電話やラジオ、自動車など文明の利器を否定するワッハーブ派の中の「急進派」を1929年に打倒します。極端なイスラームの教えを排し、現実主義に立つ柔軟な姿勢を示したのです。

 その後、1932年に「サウード家のアラビア王国」を意味するサウジアラビア王国へと国名を変更。スンナ派のイスラーム文化を受け継ぐ国として、近代化への道を歩み始めました。

■非課税のからくり

 ちなみに、「2人のムハンマド」の盟約の中には、「住民から税を徴収しない」という項目が設けられていました。近代国家において、そんなことが可能なのでしょうか? 実はサウジアラビアにおける油田の発見が、カギを握っていました。

 サウジアラビア政府は1933年、アメリカ石油メジャーのひとつであるソーカルの系列会社と、石油利権についての合意を交わします(資料④)。サウジアラビアの石油はソーカルの子会社であるアラムコが独占し、アメリカとサウジアラビア王家に莫大な利益をもたらし続けました。サウジアラビア政府は石油による安定収入のおかげで、住民への非課税を維持できたのです。

■アメリカとの関係

 アブドルアジーズは、第2次大戦末期の1945年2月14日にアメリカのフランクリン=ローズヴェルト大統領と、スエズ運河に停泊するアメリカの巡洋艦の上で会談を行います(写真⑤)。これにより、アメリカは石油を、サウジアラビアは安全保障を手に入れました。この関係は、現在まで変わることなく続いています。

 ただし、世俗主義の権化のようなアメリカとの関係構築は、国内のイスラーム主義者などから反発も招きました。その中から後に、アメリカ同時多発テロ事件を首謀したウサマ=ビンラーディンが生まれるのですが、この話は別の機会に譲りましょう。

■重要ポストを独占

 アブドルアジーズは1953年に亡くなりました。その墓はワッハーブ主義にのっとって一切の虚飾がなく、1個の墓石があるのみだそうです。

 彼は30人の女性と結婚し、36人の男子をもうけました。遊牧諸部族の女性を妻に迎えることで、バラバラだったアラビア半島をまとめあげたのです。現在その子孫は、ひ孫まで入れると数千人に上るそうです。彼らは「国家の重要ポスト」を独占し、サウジアラビアの中央政治と地方政治の安定に寄与しています。

 第3代のファイサル国王(在位1964~75年)以後は、テレビ放映や女性教育などが徐々に解放され、シェイフ家の宗教的権威が政治に及ぼす影響力も、取り除かれてゆきました。

 安定した王位継承のため、アブドルアジーズの息子たちが国王に即位してきましたが、そろそろ限界のようです。近いうちに、第3世代へ新たなバトンが渡されることになるでしょう。

■イランとの対立

 1979年のイラン革命は、サウジアラビアの根幹を揺るがしました。イスラームによって王政を打倒したイランは、イスラームによって王政を樹立したサウジアラビアとは、成り立ちからして真逆だからです。イランとサウジアラビアが事あるごとに対立するのは、建国理念のベクトルの違いに根拠があるのです。

 最後に、冒頭の国旗に再び目を向けてみましょう。唯一神の教えを守ることを明示するサウジアラビアの基本線は揺るぎません。しかし、その理念と現代世界の多様な価値観をどのようにすり合わせてゆくのかについては、ゆっくりではありますが、柔軟に対応しようとしています。サウジアラビアの変化する部分としない部分を、歴史的に考える必要があるでしょう。

■もっと知りたいあなたへ
サウジアラビア 『イスラーム世界の盟主』の正体
高尾賢一郎著(中公新書 2021年) 902円

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『なぜ!?』からはじめる世界史」(山川出版社 1980円)

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