奈良県吉野のゲストハウスが「空き家問題」解決の拠点に 運営は2拠点生活の建築士
澤木久美子さん(62歳)本業=1級建築士/副業=移住支援のゲストハウス経営
澤木久美子さんは静岡県磐田市出身。奈良県の大学で建築を学び、1級建築士として1999年に独立。神戸に「アトリエ空一級建築士事務所」を設立した。2018年から縁あって奈良県吉野町に通い始め、19年から神戸と吉野町の2拠点生活を始めた。
「設計を担当したクライアントに誘われたのが吉野を最初に訪れたきっかけです。中でも所々に伊勢街道の名残がある上市地区に引かれました。料亭だった三奇楼、浜田畳店、沢井家。そしてなんといっても日本の山林王『北村又左衛門』さんが残した屋敷があります。北村家の屋敷を見学して街道を歩いている時、“なにものか”に呼ばれた気がしました」
澤木さんは神戸から年に数回、吉野町に通ううちに空き家の問題に興味を持つようになった。
「吉野町が町の『協働のまちづくり推進交付金』を使った取り組みを募集していたので、自分の興味とも重なった空き家問題を解決する企画に応募したんです。企画は通ってプロジェクトを『シェアハウスでコミュニティ再生』と名付けました。1年目は調査、2年目は調査データをもとに地域と空き家活用に関する勉強会を開催、そして3年目に実際に空き家を活用する取り組みを実施しました。
調査によって、空き家の家主さんが『住む人はどんな人なのか』『地域の人とうまくやっていけるのか』『住まいを丁寧に扱ってくれるのか』『近所に迷惑をかけないか』などの心配をしていることがわかりました。不安を解決するためには、まず顔見知りになるなどの段階を経ることが重要だと気づいて、町外から来る人と地域の人をつなぐ仲人役をお願いする『Come on よしの』と名付けた活動も始めました」
移住者と地域とのつながりを深める役割
澤木さんは短期・長期滞在に対応した場所を吉野町国栖地区にオープンした。「国栖core(くずコア)」と名付け、ゲストハウス、シェアキッチンとスペース、「Come on よしの」の3つの機能を置いた。驚くのは長期滞在の価格。2週間の滞在で1万8000円プラス光熱費4000円だ。
「地域の人にとっては移住者が顔見知りであることの安心感、移住者にとっては地域を事前に体験しておく安心感。長期滞在でこれらを得ることが可能になると思います。最近では町内で空き家を購入されたデザイン関係の方が長期滞在して、地域とのつながりを深めていかれました。またこれから移住を考えている方の長期予約も入っていますが、本当に吉野で暮らせるのか試してみたい、とのこと。破格な価格設定はそんなご縁が生まれるための応援価格なので、長期滞在ご希望の方には、必ず事前の面談をお願いしています」
澤木さんの本業は建築設計士。空き家の見極め方や、断熱のために最初に改修した方がいいポイントなどを移住希望者に無料で教えることもあるという。移住希望者は長期宿泊もできて、建築士からアドバイスももらえる場所だ。
「この場所は私の趣味の世界でもありますので。おせっかいにならない程度に経験をお伝えしています。それがキッカケでたまに、設計の仕事につながることもありますが、営業しているわけじゃないですよ(笑)」
副業収入を聞いた。
「オープンして半年経ちました。桜のシーズンは増えますが、宿泊客は月に10人から30人くらい。売り上げは今のところ多くて15万円程度。1人で運営していますので、宿が忙しくなると本業の設計の収入が減りそうですけど。ゲストハウスを始めて独特のニーズにも気づきました。修行のように山の奥に入ったり、地元の人しか知らないような集落のイベントに参加したり、天武天皇や持統天皇のゆかりのある場所を歴史的に探索したり、独特の楽しみ方をする方が一定数いて、季節に関係なくいらっしゃいます。吉野は人を引きつける不思議な魅力が詰まっているんですよね」
副業だけでなく、関係人口や移住者を上手に増やす事例としても参考になる取材となった。