「北朝鮮は2006年の再現を狙っています」朝鮮半島の安全保障に詳しい専門家が分析

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道下徳成(政策研究大学院大副学長)

 北朝鮮が異様なペースでミサイル発射を繰り返している。今年に入って15回。3月には米本土を射程に収める新型ICBM(大陸間弾道ミサイル)を試射し、今月にも7回目の核実験を強行するとの観測も広がる。破れかぶれなのか。計画に沿ったものなのか。朝鮮半島の安全保障に詳しい専門家に聞いた。

 ◇  ◇  ◇

 ──今月20~22日に予定されるバイデン米大統領の訪韓のタイミングで、北朝鮮は2017年以来の核実験に踏み切るとの見方が浮上しています。18年の米朝首脳会談にあたって自制していた核・ミサイル実験をめぐり、昨年1月に策定した「国防発展5カ年計画」で凍結解除を打ち出していたとはいえ、不気味です。

 新たな瀬戸際外交を始動させ、06年の再現を狙っているとみています。当時と足元の状況は非常に似ている。北朝鮮はかつての成功体験から、米国で中間選挙が実施される今年は事態を動かし得るタイミングと踏んでいるのでしょう。

 ──というのは?

 米国が05年に発動した金融制裁に苦しんだ北朝鮮は、米朝交渉を働きかけたものの、相手にされなかった。そこで、06年に強硬策に出たのです。米国の独立記念日にあたる7月4日に弾道ミサイル7発を発射し、10月に初の核実験に踏み切った。イラク戦争の泥沼化で支持率を下げていた共和党のブッシュ(子)政権は、北朝鮮問題も重なって中間選挙で大敗。その後、政権の方針転換によって米朝交渉が一気に加速し、6者協議の合意へとつながりました。昨年のアフガン撤退失敗などもあり、支持率が低迷しているバイデン大統領はロシアによるウクライナ侵攻を阻止できず、トランプ前大統領らから猛批判を浴びています。その上、北朝鮮がミサイル発射を繰り返し、核実験も再開するとなれば、威信はさらに損なわれかねない。北朝鮮に対しても有効な手を打てない弱い政権だとレッテルを貼られ、ただでさえ苦戦が予想される中間選挙は一層苦しいものになるでしょう。バイデン大統領は見える成果を出さなければならないプレッシャーにさらされています。

■独裁制は瀬戸際外交の有効性を担保する

 ──米国の政治日程を念頭にこの4年間、北朝鮮は鳴りを潜めてきたのですか。

 独裁制の北朝鮮は時間軸が異なります。任期や選挙などに縛られない彼らは米国の政治状況を観察し、外交上の失敗が許されず、成果を欲しいタイミングを見計らって仕掛けてくる。瀬戸際外交の有効性を担保する要素のひとつが体制の違いなのです。

 ──バイデン政権は協議の呼び掛けに北朝鮮が応じないと度々アナウンスしてきました。目下、ウクライナ戦争で手いっぱいにも見える米国を再び動かせるのでしょうか。

 北朝鮮は有利な立場で交渉を再開させるために軍事力を高め、瀬戸際外交の推進力となる「弾込め」をやっている。ミサイルについては、準備、発射、飛翔、着弾の全ての段階においてバランス良く能力を向上させています。装輪式、装軌式、鉄道などの多様な移動式発射台を活用し、固体燃料化で即応性や即時性を高め、長射程化も進めている。飽和攻撃、ロフテッド軌道での発射、低空での変則飛行などを用いてミサイル防衛網の突破力も上げています。

 ──北朝鮮は新たな核実験によって核兵器の小型化や多弾頭化を図るとされています。米朝交渉が再開されたとして、蓄積した核・ミサイル能力を廃棄する選択肢があるのでしょうか。

 北朝鮮が核やミサイルを完全に廃棄するかといえば、しないと思います。当面、交渉の対象となるのは核やミサイル実験の中止や、施設の運用中止・一部廃棄などでしょう。米本土を攻撃可能なICBMの開発中止を優先的に議論することも考えられる。トランプ政権が米朝交渉に乗り出した18年は核開発が主たる議題でしたが、この4年間でICBMの能力も進化した。米国にとってICBM開発中止のメリットは大きく、北朝鮮にとっては重要なカードになります。韓国や日本などを攻撃対象とする短中距離弾道ミサイルについては、すでに多数配備されてしまっていることもあり、優先順位は低くなるでしょう。

コロナ感染爆発も対話再開のきっかけになり得る

 ──北朝鮮は「ゼロコロナ」で通してきましたが、ここへきて新型コロナウイルスの感染爆発を公表しました。対米戦略への影響はありますか。

 大きな困難に直面する半面、国際社会による人道支援が動き出すことによって、対話を始めるきっかけにはなり得ます。

■「非核・開放3000」の焼き直しに不安

 ──今月発足した韓国の尹錫悦政権は人道的観点からワクチンや医薬品を支援する方針を打ち出す一方、対北政策の転換を強調。「北朝鮮が核開発を中止し、実質的な非核化へと舵を切るならば、国際社会と協力して北朝鮮経済と北朝鮮住民の生活の質を画期的に改善できる大胆な計画を用意する」と、非核化と引き換えの経済支援を掲げています。

 尹錫悦政権の外交・安保チームには、同じく保守系の李明博政権(2008~13年)の関係者が多く、方針も似通っています。李明博元大統領は「非核・開放3000」を掲げた。北朝鮮が非核化して門戸を開放すれば、10年以内に1人当たり国民所得が3000ドルに達するよう支援するとの構想でしたが、成功しませんでした。にもかかわらず、同じような政策を打ち出したのは不思議ではありますが、顔ぶれのせいなのか。あるいは、長引く経済制裁によって北朝鮮が当時よりも追い詰められ、今回は呼び掛けに応じるだろうと読んでいるのかもしれません。

 ──外相、国防相、大統領府国家安保室長、国家情報院院長といった政権の骨格を担う面々は、いずれも米国通と評価されています。

 対米関係を重視する国際協調主義政権の誕生によって米国との連携が強化され、対北圧力が強まるでしょう。対する北朝鮮は軍事的危機をつくり、韓国に圧力をかける展開が想定されます。北朝鮮は「最大の敵は米国」と言っていますが、最も恐れているのは韓国。経済力でも通常戦力でも圧倒的に勝り、北朝鮮をのみ込んで朝鮮半島を統一する力を秘めている。そうした現実を覆い隠すために「ソウルを火の海にする」と脅し、超大国の米国のみが交渉相手だと虚勢を張っているのです。ただし、限定的にしろ、軍事的にやり合う事態になれば、首都ソウルが国境に近く、国際経済に深く組み込まれている韓国の方がより大きな損失を被るのも事実で、北朝鮮はそれをよく理解して利用しているのです。

 ──翻って日本ですが、韓国との関係は戦後最悪と言われ、北朝鮮との国交正常化は程遠く、安全保障環境の改善は見通せません。

 韓国との付き合い方が非常に重要なポイントになります。日韓のこれまでの安全保障議論は北朝鮮対応が中心でしたが、韓国は経済面でも軍事面でも世界10位の力をつけている。地域的に重みを持つ存在となり、アジアの安全保障への貢献が期待できる。米国は日米豪印による枠組み「クアッド」に韓国も加わり、中国を牽制する作業も担ってほしいと考えています。日本がボーッとしていたら、韓国の役割が大きくなってプレゼンスも高まり、相対的に日本が沈下する懸念もありますが、地域の安全保障にとってはプラスに働きます。

 ──歴史問題と安全保障を切り離した前向きな議論を進められますか。

 過去の問題を抱えているから、未来に向けた協力はできないという関係に終止符を打たなければダメです。その点では、尹錫悦政権は日本と協力しようという姿勢を見せている。とはいえ、韓国の野党は「親日」と批判するでしょうし、日本でも韓国嫌いが定着してしまっている。内閣支持率低下を恐れて関係改善に舵を切れないような空気もなくはない。日韓両国の政権交代によるプラス効果を期待したいものです。

(聞き手=坂本千晶/日刊ゲンダイ)

▽道下徳成(みちした・なるしげ) 1965年、岡山県生まれ。筑波大第三学群国際関係学類卒、米ジョンズ・ホプキンス大博士課程修了。国際関係学博士。防衛省防衛研究所主任研究官、内閣官房副長官補(安全保障・危機管理担当)付参事官補佐などを経て、現職。著書に「北朝鮮 瀬戸際外交の歴史1966~2012年」。

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