小嶋進氏が今語る耐震偽装事件「30万円程度の利益のために偽装を指示するわけがない」
小嶋進氏(68歳)=耐震偽装事件(2005年)
2005年に首都圏のマンション20棟とホテル1棟で耐震強度の偽装が発覚し、「震度5で倒壊の恐れがある」とセンセーショナルに報道された。当時、事件の「主犯格」のように報じられた不動産ディベロッパー「ヒューザー」の社長・小嶋進氏(68)は現在、都内の小さな不動産会社で取締役を務める。会社を訪ね、事件の舞台裏を聞いた。
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「何言ってんだよ! ふざけんじゃねえよ!」
当時、問題の物件に携わった業者たちが国会に参考人招致された時のこと。小嶋氏は他の参考人の証言中にそう叫び、険しい表情でにらみつけた。
自身の証言中も「国交省もいい加減にしてくださいよ、まったく!」と逆ギレ。この様子がテレビで繰り返し放送され、「主犯格」のような印象になった。
小嶋氏本人が振り返る。
「あれは反省しています。ああいう言動が人からどう見えるかをよく考えていませんでした」
だが、相応の言い分があったようだ。
「『何言ってんだよ』と怒ったのは、確認検査会社の社長がヒューザーに責任を押しつける発言をしたからです。耐震強度の偽装がまかり通ったのは、構造計算を担当した1級建築士の不正を確認検査会社が見過ごしたからです。国交省に怒ったのも、彼らが国会で配った資料を見たら、他社の耐震強度偽装物件までヒューザーの物件のように書かれていたから。そのことに抗議したうえで怒ったのに、抗議した部分は切り取られて放送されたんです」
意外と知られていないが、この事件で耐震強度を偽装した罪で立件されたのは、構造計算担当の1級建築士だけだ。一緒に疑われたヒューザーや確認検査会社、ゼネコンの関係者は誰も耐震強度偽装に関して罪を問われていない。
1級建築士本人も裁判で犯行動機を「仕事を早くして、受注を多くしたかった」と語り、個人的犯罪だと認めているのだが、センセーショナルな報道で実相が見えづらかった感もある。
一方で、小嶋氏はこの事件で詐欺の罪により執行猶予5年・懲役3年の判決を受けている。裁判では無罪を主張したが、耐震強度の偽装を知った後にマンション17戸を客に引き渡し、代金4億円超を払い込ませたと認定されたのだ。
だが、こう言う。
「私は偽装があった物件のうち、お客さんに引き渡し前の物件は契約解消し、引き渡し済みの物件については国家賠償請求訴訟で国の責任を追及するつもりでした。偽装がまかり通ったのは制度上の問題だと思ったからです。実際、現場の部下にもそう指示したのですが、やりとりに行き違いがあり、部下は17戸をお客さんに引き渡してしまったんです」
■ヒューザーは理想を追求した会社
ヒューザーは首都圏で100平方メートル超のマンションを“庶民でも買える価格”で供給する戦略によって業績を伸ばし、注目された会社だった。しかし事件後は「耐震強度の偽装で鉄筋の数を少なくして安く販売していた」という風評が広まり、第三者破産に追い込まれた。
「事件後に試算したら、仮に不正に鉄筋の量を半分にしても、1戸4500万円の物件で25万~30万円しかコストは下げられないとわかった。発覚した時のリスクを考えると、その程度の利益のために偽装を指示するわけがないんです」
小嶋氏によるとヒューザーは、人気沿線や駅近を立地として選ばず、共有設備も簡素化するなどしてコストダウンしていたという。そしてこう語った。
「優秀な企業は普通、最大利潤を追求しますが、ヒューザーは『最大理想』を追求していた。あんな会社はもう出ませんよ」
「3世代で暮らせる広いマンション」の理想
小嶋氏がゼネコンや確認検査会社と共に繰り返した組織的詐欺であるかのように連日、大々的に報道されたが、その後に判明した事件の実相はあまり知られていない。
「日本の分譲マンションは狭いため、一代しか住めず、親、子供、孫の世代がそれぞれ家を買って住宅ローンに追われています。この現状を打破するのは3世代で暮らせる広いマンションだ、と私は信じ、その理想を追い求めていたんです」
事件から16年余り。小嶋氏は現在、都内の小さな不動産会社で取締役を務めている。
ヒューザーは事件前、「庶民でも買える価格」で首都圏に100平方メートル超のマンションを供給して注目され、売り上げが120億円を超すなど業績も好調だった。だが、事件によりすべてを否定された。
耐震強度の偽装が発覚したマンション20棟のうち、12棟はヒューザーの物件だった。広いマンションを「庶民でも買える価格」で供給できたのは、耐震強度を偽装していたからであるように報じられ、それが事実のように広まった。
「ヒューザーのマンションは外断熱なので、外壁を叩くと中の断熱材がコンコンと音を立てます。テレビのリポーターにカメラの前でそれをやられ、『コンクリートが詰まっていないですね』と言われたりもしました」
捜査の結果、耐震強度の偽装は「仕事を早くして、受注を多くしたい」と考えた構造計算担当の1級建築士の個人的犯罪と判明し、小嶋氏の疑いは晴れた。だが、その事実はあまり報じられなかった。
■「国の責任をごまかすため、ヒューザーが人柱にされたように思えてならない」
一方、耐震強度の偽装が発覚した物件の一部について、ヒューザーが販売契約を解消せずに客に引き渡し、代金を受け取っていたことが「不作為の詐欺」にあたるとして小嶋氏が逮捕されると、また大きく報道された。裁判で無罪を主張したが、執行猶予付きの有罪判決を受け、クロのイメージが残った。
「裁判では、私が部下に対し、偽装が判明した物件をお客さんに引き渡すように指示したと認定されたが、そんな指示はしていません。そもそも、私はその物件の耐震強度が偽装されていたのを知りませんでした。裁判中、確認検査会社の社長がそのことを証言してくれようとしたのに、裁判官は証人採用せずに私を有罪としたのです」
そして小嶋氏が強く訴えるのが、国の責任だ。
「1級建築士が偽装に使っていた構造計算のソフトは国交大臣が認定したものでした。その偽装を見抜けなかった確認検査会社も国の指定機関です。国の責任をごまかすため、ヒューザーが人柱にされたように思えてなりません」
■原発に頼らない 太陽光発電事業に取り組む
事件によりヒューザーは第三者破産に追い込まれたが、その後も大手不動産会社の手がけたマンションや大手ホテルの建物で耐震強度の不足や偽装の発覚が相次いだ。耐震強度の問題はヒューザーに限らず、すべての同業他社にとって不可避なリスクだと皮肉な形で証明されている。
ただ、恨み言を言っているだけではない。
「当時は自分ほど気の毒な人間はいないと思っていました。しかし、東日本大震災で家や家族、職を奪われた人たちに比べたら、自分の被害はまだまだ軽いと思うようになったんです」
今、小嶋氏は原発に頼らない時代の一助になろうと太陽光発電事業に取り組み、発電施設の設置場所で草取りに追われているという。