小谷哲男氏に聞く 平和憲法を掲げるこの国にとって、現実的な安全保障とは何か?

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小谷哲男(明海大外国語学部教授)

 ロシアによるウクライナ侵攻を契機に「抑止力の強化」をめぐる議論が永田町で加速している。岸田首相は安倍元首相の置き土産である「敵基地攻撃能力」の保有に前のめり。右派勢力は非核三原則をないがしろにする「核共有」まで俎上に載せだした。近隣諸国との関係がおしなべて悪い今、軍拡路線は事を荒立てるだけではないのか。平和憲法を掲げるこの国にとって現実的な安全保障とは何か。専門家に聞いた。

 ◇  ◇  ◇

 ──第2次安倍政権発足以降、防衛費は10年連続で増加しました。岸田首相は国の外交・防衛政策の基本方針「国家安全保障戦略」(NSS)を含む安保関連3文書を年内に改定し、敵基地攻撃能力の保有を明記するといわれています。

 果たして敵基地攻撃能力という名称が正しいのかどうか。われわれ専門家は「打撃力」と呼んでいて、反撃のための打撃力は持つべきだと考えています。基本的には北朝鮮、あるいは中国による弾道・巡航ミサイルの脅威に備えるためです。北東アジアで他国に届く弾道ミサイルを保有していないのは日本とモンゴルだけ。韓国にもある、台湾にもある。前提として、日本が保有していないことが実はこの地域の不安定要素になっているからです。日本が導入しているミサイル防衛(MD)は引き続き重要な役割を担い、敵の第1撃に対して可能な限り迎撃をする。しかし、第2撃、第3撃にMDだけで立ち向かうのは不可能です。

■敵基地攻撃はあくまで反撃力

 ──日本のMDはイージス艦搭載の迎撃ミサイル「SM3」、地上配備型迎撃ミサイル「PAC3」の2段構えですが、それでは太刀打ちできないのですか。

 さらなる攻撃を抑止するために反撃する。その能力がいわゆる敵基地攻撃能力と呼ばれているものです。日本を射程に収める弾道ミサイルについては、北朝鮮だけで数百発、中国にいたっては約1400発を保有しているとみられている。今後はロシアも脅威となる懸念がある。反撃する能力は、やはり必要です。

 ──専守防衛は、なし崩しになりませんか。

 あくまで反撃ですから、専守防衛を超えるものだとは思いません。第1撃が発射されれば、発射地点を捕捉できます。発射台を搭載した車両をピンポイントで攻撃するのは難しいかもしれませんが、車両が移動できる範囲は推測できる。道路を破壊するだけでも抑止効果を発揮できます。昨年9月、北朝鮮は列車から弾道ミサイルを発射しましたが、線路を破壊すれば身動きが取れなくなる。敵が攻撃しにくい状況をつくるための反撃なのです。

 ──専守防衛をかなぐり捨て、軍拡路線を突っ走ろうとしているんじゃないか。自民党の議論にそうした不安の声も聞かれます。

 そもそも、どういう装備を持つべきかという点も含め、自民党内で十分なコンセンサスを取れていないと思います。一方で、専門家の間では反撃のための打撃力として地上発射型の弾道ミサイルを保有すべきというコンセンサスが出来上がっています。防衛省が開発中の、いわゆる極超音速ミサイルもそのひとつです。

核共有の実態は「罪の共有」

 ──安倍政権が導入を決定し、スッタモンダで撤回した陸上配備型迎撃ミサイルシステム「イージス・アショア」に代わり、代替艦の建造も進められています。

 第1撃に24時間365日備えるためにはアショアが絶対に必要です。艦艇は定期的な点検・修理が欠かせず、切れ目のないミサイル警戒を担うのは難しいですし、これまで同様にイージス艦を一定程度は日本海に展開しなければならなくなる。しかし、われわれにとって最大の脅威は、南西諸島への中国の本格進出です。アショア導入をめぐるもともとの発想は、北朝鮮対応に当たっていたイージス艦を中国対応にシフトするためだった。しかも、海上代替策はどれほどコストがかさむのかが分かりません。天井が見えない。間違いなく、自衛隊史上最も高価な装備になる。防衛費をGDP比2%以上に引き上げたとしても、青天井の装備を導入すれば他に回す予算は増えない。やはり、イージス・アショアは「アショア」(陸上の意)なのですから、陸上に戻すべき。政治決断でできるはずです。

 ──配備候補地の不透明な選定や安全性への不信感など、ケチがつきすぎた計画です。

 政府が説明を怠った結果、断念に追い込まれ、「それじゃ敵基地攻撃能力の保有だ」という流れになったことで、一連の議論がおかしくなってしまったんです。アショアが導入されても、反撃のための攻撃能力はいずれ必要になる。それなのに、「アショアは要らない、敵基地にする」というので、日本があたかも先制攻撃能力を保有するかのような議論になってしまっている。米軍がグアムへの配備を計画しているイージス・アショアは、日本が検討していた固定式とは異なる移動式です。移動式を導入できるのであれば、候補地選定をめぐる課題はおおむねクリアされるでしょう。ウクライナ戦争で学ぶべき教訓のひとつは、防空システムの重要性です。これがしっかりとしていれば、敵は作戦を思い通りに展開できない。アショアは防空システムの中心になるものです。国家安保戦略を見直すにあたっても、タブー視せずに、政府当局者には議論してもらいたい。

 ──ウクライナ侵攻開始直後、安倍元首相が火をつけた核共有についてはどうですか。

 この件は自民党内でも一応結論が出て、議論しないことになりました。

 ──NSSなどの改定に向けた提言をまとめる安全保障調査会は核共有を当面採用しない方針とし、非核三原則の見直しにも踏み込まない見通しです。

 専門家からの発信が自民党内のヒートアップした議論を沈静化させる働きをしたのではないかと思っています。核共有はNATO(北大西洋条約機構)でのみ運用されている政策ですが、そのまま日本に当てはめてもプラスはほとんどありません。そうした現実が自民党内でも理解され、核共有はマイナスになるとの結論に至ったと思います。

 ──マイナスとは?

 核共有には2つの側面があります。米国の核兵器を同盟国内に配備することになりますが、核弾頭の管理も使用の最終決定権も米国が握る。配備された基地を秘匿にはできませんから、日本が攻撃対象になった場合、真っ先にそこが狙われてしまう。先制攻撃を招きかねず、抑止力の観点からは本末転倒になってしまいます。それに、配備されるのは戦闘機で投下する核爆弾なので、核使用は日本国内で行うことになるでしょう。想定されるシナリオは、中国軍による沖縄占領です。通常兵器では押し返せず、自衛隊機が核弾頭を搭載し、沖縄に落とす。こういうことなのです。国内で受け入れられるはずがありません。

 ──唯一の戦争被爆国である日本では非核三原則うんぬん以前の問題ですね。専門家が核共有の現実を自民党側に説き、勢いは収まったのですか。

 NATOの実態を知ってもらったということです。核共有といっても核兵器やその使用を共有するのではなく、「核兵器を使う責任」を共有するものですよ、と。日本の領土や領海に確実に被害が及ぶ。NATOは「核抑止の利益、責任、リスクの共有」としていますが、核兵器を使用する「罪の共有」が実態。その覚悟はありますか、ということを言ったわけです。それに、核共有を議論すれば、日本が米国の「核の傘」に不安を抱いているように映り、他国から日米は相互不信に陥っていると見えてしまう。日米を切り離せ、という動きを招きかねません。

 ──近隣諸国との関係は冷え切った状態が続いています。

 良好なのは台湾だけです。現状、最も大切なのは韓国との関係改善です。米国の同盟国でもあり、北朝鮮対応の点からも協力は不可欠。来月には新大統領が就任し、保守政権に交代しますから、安全保障問題と歴史問題を切り離すことを期待しています。日本側も努力しなければならない。日韓の連携、日米韓の結束は中国の台頭に備える上でも重要です。ロシアとの関係悪化を念頭に置けば、なおさらでしょう。隣国ではないですが、日本にとってオーストラリアは安全保障面で米国に次ぐ強固な関係にある。日米豪に韓国を組み込むのが、今後の課題です。ただし、国際法を無視する国には毅然とした態度を取る。それが外交の判断基準だと思います。

(聞き手=坂本千晶/日刊ゲンダイ)

▽小谷哲男(こたに・てつお) 1973年、兵庫県生まれ。大阪教育大教養学科卒、同志社大大学院アメリカ研究科博士課程前期課程修了、同法学研究科博士課程満期退学。米バンダービルト大日米関係協力センター研究員などを経て2020年4月から現職。日本国際問題研究所主任研究員を兼任。専門は日本およびインド太平洋地域の安全保障。

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