西牟田靖
著者のコラム一覧
西牟田靖ジャーナリスト、ノンフィクション作家

1970年、大阪府生まれ。国境や家族などをテーマに執筆。著書に『ニッポンの国境』『本で床は抜けるのか』『わが子に会えない』など。

阪神・淡路大震災 帝産観光バスの安井義政さん[後編]7人の客が降りた幸運

公開日: 更新日:

 1995(平成7)年1月17日午前5時46分に発生した阪神・淡路大震災。帝産観光バス(本社・東京)京都支店の運転士・安井義政さん(60)は神戸へ向かう途中の西宮市(兵庫県)で被災したが、バスは高速道路から落下する寸前に停止、九死に一生を得た。

 前輪が宙に浮いた状態でバスが停止したのは、いくつかの偶然が重なったからだ。

「震災前日(16日)の午後に出発地の野沢温泉スキー場でバスに給油したのですが、100リットルを頼んだところ『大雪でタンクローリーが来ない。勘弁してほしい』と言われて、40リットルしか入れてもらえませんでした。それと17日の地震発生前、神戸方面に向かう予定のお客さん10人のうち、7人が『(急ぎたいから)電車で移動する』と大阪で降りたことが幸いしました。燃料満タンでお客さんを全員乗せていたら、ブレーキが利きづらくて下に落ちていたかもしれへんね。エンジンを後ろに積んでいるから重心が後ろにあったことも大きかった。あと1メートル進んでたら、下に落ちていたでしょうね」

 乗客3人は車内で寝ていたため、震災に気がついていなかった。避難するよう呼びかけたが、車体の前方の出口は宙に浮いている。安井さんは一番後ろの右側にある非常口(地上から高さ1.5メートル)を開けた。

「車体が前につんのめっているので、非常口はさらに高い位置にありました。私が先に降りて、お客さんを抱きかかえるようにして降りてもらいました。降りた後、お客さんのひとりが『事故でもあったんですか』と言ったので、『事故ちゃうで。ごっつい地震があったんや。道あらへんから見てきてみー』って。見に行った女の子は『やっ!』っと言って絶句、腰を抜かしていました。その後、お客さんたちとは、『大阪方向に1キロ歩いたら非常階段があるんで、そこから下りてください。案内したいんですけど、私たちも避難せんとあきませんし』と言って別れました」

 安井さんと同乗していた先輩運転士はタイヤに輪止めをはさみ、非常階段を使って地上に下りた。

 公衆電話で京都にある会社と家に連絡したが、電話に出た宿直の社員は「何を言うてはるんですか、京都は大丈夫ですよ」と言って信じてくれなかったと振り返る。

「家もそう。『はあ、何言うてんの?』と妻に言われました。その時は地震が起こって1時間も経ってなくて、被害状況の詳細がまだ報道されてなかった。電話を切ってから、助かってよかったな、とりあえず一服しようかと思って、火をつけようとしたんです。でもやめました。ガス臭くて、『たばこ吸うたら危ないな』と感じるような状況で……。

 コンビニに立ち寄ると、店内はぐっちゃぐちゃに散乱していたけど営業はしていました。お客さんはたくさんいてね。パンとかはすでに売り切れていました。残ってた3切れのカステラとコーヒーを2本買って食べました。先輩と2人で『こんな機会二度とないで』と話し合ってね。別のコンビニで11枚撮りの使い捨てカメラを買って、ガレキが散乱する下道を歩き、バスの真下まで戻っていきました。現場の手前では、飲料会社のトラックが高架から落とした飲料が一面に散乱していたり、あちこちで建物が倒壊していたりと、まさに変わり果てた光景でした」

 震災を記録するために歩き回って撮影してから国道2号の交差点(西宮市)にいたタクシーに乗り込んだ。そこから京阪電車の淀屋橋駅(大阪市中央区)まで移動したが、道はガレキだらけ。

 運転手は尼崎市(兵庫県)の人で、普段なら30分ほどの距離(約17キロ)だったが、抜け道を使っても1時間ちょっとかかった。淀屋橋駅に到着したのは昼ごろだった。

落下を逃れたバスはその後10年活躍

「京阪電車の座席に座っていたおっちゃんが広げていた新聞に目をやると、さっき脱出したバスの写真が1面に載っていたんです。先輩運転士と2人で『もう載ってるわ』『早いなー』って話してると、おっちゃんがこっちに気がついてね。それで、『うちら、このバスの運転士なんですわ』って言ったらね、『ウソやろー!』って。京都の十条にある会社に着いたのは午後5時ごろで、同僚たちに迎えられました。『大丈夫やったかー! 助かってよかったなー』って泣かれました」

 1週間ほどしてバスはクレーンで下ろされ、点検と修理の後に現場復帰し、10年ぐらい走った。「落ちなかったバス」として好評で、修学旅行などに使用されたという。あれから27年が経過した。

「こうして話せるのは無事だったからこそ。学校側に頼まれて修学旅行の時に『大人になったとき、この話、形だけでも覚えといてなー』と中学生に話したこともありました。息子にも『震災のとき、こんな経験したんやで』っていうのは残してあげたいって思ってます」

 あのバスの写真は今でも震災の“象徴”となっている。

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