「せいとう」城麻里奈さんの巻<3>
蛇の市本店(東京・日本橋)
3連休前半の東京は、晴天に恵まれる予報。正月の散策には、もってこいだろう。日本橋の熟成肉の名店を営むこの人が日本橋の名店を紹介する第3回は、寿司の老舗「蛇の市本店」だ。
■シャリもガリも砂糖は使わず 伝統の江戸前寿司
「創業は明治22年で、日本橋魚河岸の屋台として始められたそうです。その伝統を受け継いだ赤酢の酢飯、丁寧な仕込みが施されたネタとの相性がとにかく素晴らしい。歴史ある店でありながら、5代目のご主人の寳井英晴さんが気さくな方で、とても気軽に楽しめるのです」
先月24日の昼時、記者が取材に訪れると、カウンターには、近くのサラリーマンだけでなく、女性の一人客も舌鼓を打っていた。かしこまった雰囲気はなく、ご主人を交えたりして会話を楽しみながら、一カン一カンの握りを楽しんでいる様子が印象的だった。
ご主人の寳井さんが話を続ける。
「酢飯は赤酢と塩のみを用いて、砂糖を使っていません。握りに塗る煮切り醤油や穴子のタレなども、甘味を加えるのはみりんで、砂糖は不使用。創業した明治時代は砂糖が高価だったそうで、手に入りづらかった。それでウチでは一貫してこのスタイルなんです」
穴子のタレは何と、100年以上の歴史があるそうだ。このタレだけでも訪れる価値があるだろう。
「お店の名付け親が、『暗夜行路』などで知られる作家の志賀直哉。文豪をとりこにしたお寿司は、一口いただくと、手が止まらなくなりますよ」
■10カンの花コースは5000円
そういう城さんお薦めのランチの花コースは、握り10カンに卵巻きと巻き物、味噌汁などがつく。この日は、平目の昆布締めからスタートして、白イカときて、本マグロは赤身、中トロ、中トロの漬けの3連発。平目の締め加減は浅く、素材を引き立て、マグロはウマ味の違いをしっかりと感じさせる心憎い演出。赤身ではなく、中トロを漬けにしているのもぜいたくだろう。
カウンターには、一席一席にその日のネタが書かれた品書きが備えてある。「2年前にこの場所に移転してから、カウンターにネタケースを置かなくなりました。それでお客さまに分かりやすいようにネタをメモしているんです」とご主人。これは分かりやすい。
続いて出されたコハダには柚子をあしらっていてほのかに柑橘の香りを感じる。口がサッパリとしたところに茹でた車エビ、イクラ、ウニとウマ味の3重奏。口直しにガリをいただくと、辛さと酸味がすばらしく、酒のアテに最高な一品だった。
「ガリにも砂糖を使っていないんです。お酒好きの方だと、このガリでけっこう飲んでいらっしゃいます」と城さん。ガリもシャリも、砂糖がないことで、食べ飽きることがない。手が止まらなくなるのは納得だ。
そこに100年超の歴史を積み重ねたタレをまとった穴子である。サッパリとした醤油味は、穴子のウマ味を引き立てている。
かんぴょう巻き、卵巻きで終了。1000円前後がランチの相場とすれば、5500円は決して安くはない。しかし、ハレの日のぜいたくとすればかなりオトクだろう。
(取材協力・キイストン)
■蛇の市本店
東京都中央区日本橋室町1-12-10
℡03.3241.3566
▽せいとう 祖父慶次氏が1947年に創業。当時は戦後の焼け野原で「コーヒーの優しい香りで人々を笑顔にしたい」と喫茶店だった。その後、フレンチ「双葉亭」のシェフとの縁があり、人気の洋食店に。現在は、熟成肉とシチリアワインを厳選する店として営業。「日本橋せいとう」のほか青山に店舗を構え、通販や宅配にも力を入れる。
東京都中央区日本橋本町2-4-12 イズミビルB1 ℡03.3271.0516
▽城麻里奈(じょう・まりな) 東京女子大を卒業すると、優秀なホテルマンを輩出することで知られる米コーネル大ホテル経営学部のサマープログラムを修了。せいとうでの現場経験を踏まえて、「プロが選ぶ日本のホテル・旅館100選」で36年連続日本一の加賀屋ホテルで修業。2019年、せいとう社長に就任。JSA・WSET認定ソムリエ。