津野田興一
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津野田興一都立立川高校教諭

1965年生まれ。東京都立大学大学院人文科学研究科史学専攻修了。現在、東京都立立川高校で世界史を教える。著書に「世界史読書案内」(岩波ジュニア新書)、「やりなおし高校世界史―考えるための入試問題8問」(ちくま新書)、「第2版 ポイントマスター世界史Bの焦点」(山川出版社)など。

利害・疫病・封建制が絡んだ「百年戦争」がダラダラと続いたワケ

公開日: 更新日:

「百年戦争」について知っていることをあげてくださいと聞かれたら、皆さんは何と答えるでしょうか。おそらく、「イギリスとフランスとの戦争」とか「ジャンヌ=ダルクが活躍した」などのイメージを持っていると思います。では、なぜ100年間(実際には100年以上)も戦ったのでしょうか? そして、その発端は何だったのでしょうか?

  ◇  ◇  ◇

■王位継承問題

 今から700年前のフランスで、シャルル4世を最後にカペー朝が断絶し、新たにフィリップ6世を開祖とするヴァロワ朝が成立します。ところが、その後、隣国であるイングランドのエドワード3世(プランタジネット朝)が王位継承権を主張します。図①を見ていただくとお分かりの通り、フランスのフィリップ6世は、フィリップ4世の甥に当たりますが、イングランド王のエドワード3世はフィリップ4世の孫です。

 さて皆さん、どちらがフランス王にふさわしいと考えますか?

 実はとても難しい問題だと思います。はっきり言って「どちらとも言えない」というのが正直なところです。そもそもイングランドのプランタジネット朝自体、フランスの貴族がイングランドの王位を継承したものでしたから、当時イングランドの歴代国王はフランス語を話す「フランス人」だったと言っていいでしょう。つまり、イングランドとフランスというと私たちは別の国と考えてしまいますが、少なくとも王家に関する限りにおいては、この時代たいした違いはないものと考えた方がよさそうです。

 従って、英仏百年戦争などと一般に言いますが、「フランス対フランスの戦い」と言った方がむしろ実態に近かったのではないかと思うのです。

■毛織物とワイン

 一方、イングランド王がフランスの王位継承を主張したのには、経済的な利害も絡んでいました。現在のベルギーに相当するフランドル地方は、ヨーロッパ有数の毛織物産業の中心で、いわば工業地帯です。また、フランス西南にあるギュイエンヌ地方は、中心都市であるボルドーの名前からも分かる通り、ワインの大産地でした。イングランドとフランスは、毛織物とワインという重要な物産をめぐる対立も抱えていたのです。

 さらに、イングランド北方のスコットランドに対するフランスの干渉もイングランド王を刺激していました。

 本来ならば両国を仲裁するはずのローマ教皇は、南フランスのアヴィニョンでフランス王の監督下に置かれたフランス人だったので、公正中立な立場を取ることもできませんでした。かくして戦争は始まってしまいます。

クレシーの戦い

 戦場となったのはフランスでした。その最初の決戦が「クレシーの戦い」で、図②はその時の様子を描いたものです。

 では、ここで質問です。この絵の右と左に軍勢が分かれていますが、どちらがイングランドで、どちらがフランスでしょうか? ヒントは両軍が掲げている紋章と保有している武器です。

 フランス王家を意味するユリの花を紋章に掲げている左側がフランスで、イングランドを象徴する3頭のライオンとユリの花を掲げる右側がイングランドです。イングランド王は、自分がフランス王でもあることを紋章で自己主張しているのですね。

 一方、左のフランス軍はボーガンという射程が360メートルもある最強兵器を持っていたのに対し、右のイングランド軍の長弓兵が構える弓の射程は255メートルほどでした。いったい、どちらが勝つのでしょう?

 もちろん射程の長いボーガンを持つフランス、と言いたいところですが、実際には6倍も速射性に優れた長弓によってフランス軍は圧倒されてしまいました。

黒死病

 となると、イングランド勝利で決着しそうですが、そう簡単にはいきませんでした。1340年代はヨーロッパ全体が黒死病に襲われます。人口の3分の1が失われたともいわれていますから、もう戦争なんてやっている場合ではありませんね。しばらくの休戦となります。

 そもそも、黒死病のような感染性疾患が流行する背景のひとつは、栄養状態の悪化による抵抗力の低下です。

 戦争は食料や物資を使い果たす「究極の無駄遣い」に他なりません。イングランド軍もフランス軍も、夏から秋の収穫時期を経て、多少余力ができないと軍隊を動かすことすらできませんでした。そして食料や軍資金が尽きてしまえば、戦闘はそこで終了です。冬に行軍することなんて、まったくもって不可能、という時代でした。

 しかも、封建制度にもとづく騎士たちは、主君との契約で年間の従軍日数が決められており、それを超えるような戦いの場合には、途中で自分の領国に戻ってしまうような状態でした。これではダラダラと100年以上戦争が続いてしまうのも納得がいきます(地図)。

ジャンヌ=ダルク

 イングランド優勢で戦闘が続いたとはいえ、敵地で戦うことに不利な点も多かったことでしょう。オルレアンの包囲を解いたジャンヌ=ダルク(図③)が、劣勢のフランス軍を鼓舞したあたりから戦局は逆転します。ジャンヌは戦闘に敗れてイングランド側に引き渡されましたが、身代金を支払ってもらえず、「女性なのに男装した罪」で火あぶりにされてしまいました。

 結局、フランスのシャルル7世がイングランドを撃退することに成功し、114年間続いた百年戦争は終わりを告げたのです。

■英仏の分水嶺

 百年戦争はイングランドとフランス双方において貴族の没落を促し、王権の伸長をもたらしました。それまで相対的なものに過ぎなかった両国の王権は強化され、イングランドがフランス内の所領のほとんどを失ったことによって、以後フランスはフランスに、イングランドはイングランドになっていくきっかけともなりました。

 国境線なるものがあるのか、ないのか分からないような、そもそも国なるものも曖昧さを残していた中世という時代が終わりを迎え、近世という新しい時代がすぐそこまで来ていました。

■もっと知りたいあなたへ

英仏百年戦争」佐藤賢一著(集英社新書 2003年) 

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