津野田興一
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津野田興一都立立川高校教諭

1965年生まれ。東京都立大学大学院人文科学研究科史学専攻修了。現在、東京都立立川高校で世界史を教える。著書に「世界史読書案内」(岩波ジュニア新書)、「やりなおし高校世界史―考えるための入試問題8問」(ちくま新書)、「第2版 ポイントマスター世界史Bの焦点」(山川出版社)など。

パレスチナ問題<下>深まるイスラエルとの対立と湾岸戦争

公開日: 更新日:

 マンガ「進撃の巨人」を思わせるような巨大な壁に沿って男性が歩いています(写真①)。これは、いったいどういうことでしょうか。

■ナセル大統領

 1956年にエジプトのナセル大統領がスエズ運河の国有化を宣言すると、イギリス、フランス、イスラエルがエジプトを攻撃して第2次中東戦争が始まります。ナセル大統領は個別の戦闘では敗北しますが、国際世論を味方につけ、イスラエルなどの撤退を勝ち取ります。ナセル大統領が外交的に勝利し、アラブ民族主義のリーダーとなった瞬間でした。

 しかし、1967年にイスラエルに対する軍事的圧迫を強めたことにより第3次中東戦争を招いてしまいます。

 この戦いでは、イスラエルの空軍がわずか数時間でエジプト空軍を壊滅させて制空権を掌握したため、イスラエルの圧勝に終わりました。この軍事的な敗北によって、ナセル大統領の権威は失墜します。

オイルショック

 この時、イスラエルは北から順に、ゴラン高原、ヨルダン川西岸、ガザ地区、そしてシナイ半島を占領し、領土を大きく広げます(地図)。その結果、パレスチナ難民が再び生まれました。

 一方、急死したナセルに代わってエジプトの大統領となったサダトは、1973年にイスラエル軍を急襲し、第4次中東戦争を引き起こします。ソ連製の対戦車ミサイルによってイスラエルを苦しめましたが、シナイ半島を奪還できませんでした。さらに、イスラエルと米ソの3カ国は核兵器の使用も検討していました。ちなみにこの時、アラブ石油輸出国機構(OAPEC)など産油国がいわゆる「石油戦略」を発動し、イスラエルに友好的な国への原油輸出を禁止するなどしたため、第1次石油危機(オイルショック)が起こりました。

 この間、亡命パレスチナ人たちが1964年、パレスチナ解放機構(PLO)を結成し、69年に議長となったアラファトのもとで、イスラエルに対する武装蜂起などを主導してゆきます。

■エジプトの協調路線

 イスラエルとアラブ諸国の対立が深まる中、衝撃的なニュースが世界を揺るがします。4度の中東戦争でアラブ諸国を代表してイスラエルと戦ったエジプトが、イスラエルとの協調路線に転じたのです。

 アメリカのカーター政権が仲介した1978年のキャンプデーヴィッド会談により、エジプトのサダト大統領とイスラエルのベギン首相が和平合意に至ります。エジプトがイスラエルを国家として承認する代わりに、シナイ半島の返還を約束する、というものでした。スエズ運河が滞ったままではエジプト経済は立ち直れなかったからです。しかしこれは、アラブ諸国やパレスチナの人々からすればエジプトの「裏切り」に他なりませんでした。

 翌79年に締結されたエジプト=イスラエル平和条約でシナイ半島の返還を合意し、エジプトはイスラエルとの国交を樹立しました。しかし、それはイスラエルがパレスチナを占領することを認めたということでもあったのです。

インティファーダ

 ところで、「見捨てられた」形となったパレスチナの民衆から1987年に「インティファーダ」と呼ばれる抵抗運動が始まります。イスラエルが占領するヨルダン川西岸とガザ地区において、武器を持たないパレスチナの若者が石を投げることでイスラエル軍に立ち向かいました(写真②)。国際世論も注目し、和平への機運が高まります。

 しかし、こうした動きを破壊したのが、イラクのクウェート侵攻をきっかけに始まった湾岸戦争(1991年)でした。国際連合の「多国籍軍」とイラク軍との衝突を巡り、PLOのアラファト議長とパレスチナの民衆はイラク支持を表明します。サダム・フセイン大統領の「イラクのクウェート占領を非難するのなら、イスラエルによるヨルダン川西岸とガザ地区の占領も非難すべきだ」というプロパガンダに共鳴したからでした。

 しかしこれは、PLOとパレスチナの民衆から国際世論を引き離すこととなり、アラブの湾岸産油国はPLOへの支援を打ち切ってしまいます。パレスチナの経済的危機も高まりました。

暫定自治協定

 1992年にイスラエル労働党のラビン首相が15年ぶりに政権を奪還し、ノルウェーのオスロで翌93年からPLOとの交渉を始めます。そしてアメリカのクリントン大統領立ち会いのもとワシントンで「オスロ合意」が結ばれます(写真③)。いわゆる「パレスチナ暫定自治協定」です。

「土地と和平の交換」と呼ばれる原則に基づき、パレスチナはイスラエルを承認し、ヨルダン川西岸とガザ地区のみを領土とする代わりに和平を勝ち取る、というものでした。

 しかし、パレスチナ側ではそれを認めない強硬派のハマースが台頭し、イスラエルと妥協するアラファト議長らのPLOを激しく批判します。また、イスラエルにおいてもラビン首相が暗殺されたのち、右派で強硬派のリクード党が選挙で勝利して、ネタニヤフ政権が誕生しました。「オスロ合意」は履行されずに現在に至っています。

■分離壁

「オスロ合意」を批判するハマースがイスラエルに対してテロを仕掛けると、イスラエルが何倍もの軍事行動で報復する、というのが、近年の動向です。

 さらに、イスラエルはヨルダン川西岸などパレスチナの独立国家に与えられるはずの地域への入植活動を武力によって進めており、入植者を守るためと称して長大な分離壁(写真①)を建設しています。これにより、パレスチナの人々の生活は分断され、独立国家建設にも支障が出るなど深刻な人権問題となっています。また、イスラエルはガザ地区に対しても人流と物流を遮断する経済封鎖を行っているため、ガザ地区全体が「天井のない牢獄」とすら言われています。

 一方のハマースはイスラエルによって経済封鎖されているガザ地区などでの救貧活動にも取り組んでおり、民衆からは一定の支持を得ています。

 以上のように、アメリカが支援するイスラエルの強硬路線が、パレスチナ側の過激化を招いていると思われるのです。アラブ諸国の間にイスラエルを承認する国が増えてきている今こそ、イスラエルは安心して武力路線から転換するチャンスなのではないでしょうか。

■もっと知りたいあなたへ
まんが パレスチナ問題
山井教雄著
(講談社現代新書2005年)814円(税込み)  

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