DV元夫が怖い…生活保護申請を阻む“扶養照会”に大きな前進

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 新型コロナウイルスの感染拡大によって困窮する人が増えている。

 シングルマザーのA子さん(35)も、その1人だ。勤務する弁当製造会社では受注が3分の1にまで激減したために、50人のパートを切り、A子さんを含む正社員3人で仕事を回す方針に変えた。

 A子さんはDVが原因で離婚してから10年間、元夫の養育費も一切なく、4人の子どもを女手ひとつで育ててきた。しかし、さらなるハードワークで体調を崩し、2020年9月に退職せざるを得なくなる。

 11月、A子さんは福祉事務所に生活保護の相談に行った。その際、「DV加害者であった元夫には扶養照会をしないでほしい」と訴えた。扶養照会とは、生活保護の申請をした人の親族に援助が可能かどうかを問い合わせる制度である。

 離婚後、元夫からは「どこに住んでいるの?」とショートメールでの問い合わせが度々あったが、スルーしていた。暴力を受けていたA子さんのトラウマは深刻で、絶対住所を知られたくなかった。

 福祉事務所の職員Bさんが「分かりました」と返事をしたため、A子さんは理解してくれたと思った。その時にはまだ少し貯金があったため申請不可となったが、12月になって貯金が底をつき、民生委員とともに申請に行くと、再びBさんが対応したという。

 その後、別の職員Cさんが家庭訪問に来た際には、相談記録らしきものを見ながら、「大体ここに書いてあるけど、暴力があったのね。大変だったね」と言ってくれた。

 12月23日、生活保護が決定する。

 一方、生活困窮者支援団体「一般社団法人つくろい東京ファンド」が相談活動を行う中で気づいたのは、数百円しか手持ち金がないという切迫した状態でも、「生活保護だけは受けたくない」と生活保護に忌避感を持つ人が少なくないことだった。そこで、アンケート調査を実施したところ、生活保護申請を阻む理由として最も多いのが「扶養照会」であることが分かった。

 明けて2021年1月16日、同団体が「困窮者を生活保護制度から遠ざける不要で有害な扶養照会をやめてください!」と呼びかけた署名活動を開始すると、続々とネット署名が集まるようになった。

■DVの元夫に扶養照会が!

 1月25日、A子さんは扶養照会が届いた旨を伝える元夫からのショートメールにすくみ上がった。野党が扶養照会の問題点を追及した参院予算委員会で、「扶養照会は義務ではない」と田村憲久厚労相が答弁した、たった3日前の出来事だった。

 A子さんは福祉事務所に抗議に行くと、今まで対応していたBさんもCさんもおらず、別の職員が分厚いファイルを開きながら、「DVがあったとは記録に載っていない」と言う。元夫がいつ自宅にやってくるとも限らない。A子さんは一刻も早く転居先を探すことにした。

 A子さんのケースは、「DVの記載が本当になかったのか」という問題があるが、つくろい東京ファンドが行ったアンケートによると、「DV加害者に扶養照会しないでほしい」と伝えても、「規則なので」と職員に断られた事例もあるそうだ。

 本来は、20年音信不通、親族からのDVや虐待、親族が高齢や未成年の場合には扶養照会しなくてもよいとされてきた。しかし、「しなくてもよい」という曖昧な表現であったため、多くの福祉事務所では多忙なこともあり、事情を考慮せずに機械的に扶養照会をするケースが少なくない。

 家族関係が壊れている場合には、扶養照会されたくないために生活保護を諦め、ホームレスになる人もいる。家族関係が良好でも、生活保護申請をしたことで「家の恥だ」と罵られ、縁を切られるケースがある。

 これだけの弊害がありながら、扶養照会をして援助に結びつくのは1%にも満たない。無駄に郵送代がかかるだけではなく、「扶養照会先から怒りの電話を受ける」などの理由でストレスを感じるという職員の声も聞く。

要望書と署名が厚労省を動かす

 2月8日、つくろい東京ファンドと生活保護問題全国会議は、「扶養照会を実施するのは、申請者が事前に承諾し、明らかに扶養が期待される場合のみに限る」ことなどを求める要望書と、約3万6000人分のネット署名を厚労省に提出。

 同26日、厚労省は各自治体に対し、扶養照会を見直す通知を送付した。10年程度の音信不通、借金を重ねている、縁を切られているなど扶養義務履行が期待できない者の判断基準を以前よりも明確化したのだ。

 2団体は同28日、「尚、小手先の対応であり、申請者が事前に承諾した場合に限定すべき」とする緊急声明を出すとともに、3月18日には追加の約2万人分のネット署名を提出した。また、扶養照会の廃止を求める意見書を議会で採択した自治体も現れるなど、扶養照会問題はひとつのうねりとなっていく。

 そんな中、厚労省は3月30日付で再び通知を出した。福祉事務所が生活保護手帳とともに実務で参照する「生活保護手帳別冊問答集」に、「要保護者が扶養照会を拒んでいる場合等においては、その理由について特に丁寧に聞き取りを行い、照会の対象となる扶養義務者が“扶養義務履行が期待できない者”に該当するか否かという観点から検討を行うべきである」と明記されることになったのだ。

 4月7日、2団体は「満点とは言えないが、『扶養照会をしてほしくない』という申請者の意向を尊重すべき旨の規定が追加されたのは大きな変化です」と、一定の評価を示す見解を発表した。

「今までのような事務連絡文書だけでは、ほとんどの職員が目を通さないでしょう。でも、実務マニュアルである別冊問答集に掲載されれば実務が改善する余地は十分にあると思いますし、そうしていく必要があります」と、生活保護問題全国会議の事務局長を務める小久保哲郎弁護士は語る。

 現在、厚労省の通知が周知徹底されるための対策のひとつとして、扶養照会に関する申出書の書式を作成中だ。申請者がそこにチェックを入れて、福祉事務所に提出できるようにするためだという。

 今後は、A子さんのようなトラブルがなくなることを望むばかりだ。

(取材・文=林美保子/ジャーナリスト)

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