忍び寄る 「健康格差」 NHKディレクター神原一光氏が警鐘

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若年の非正規に糖尿病が蔓延

 小泉政権以来の規制緩和で世の中は「勝ち組」「負け組」に分けられ、「格差社会」といわれるようになって約10年。格差は高齢者や子どもにまで広がり、経済的な格差が健康面や寿命にまで関係するという衝撃の研究結果も出てきている。そんな「健康格差」に焦点を当て、徹底調査してきたのがNHKディレクターの神原一光氏。昨年のNHKスペシャルの放送に続き、先月は本も出した(講談社現代新書)。このまま「健康格差」を放置しておくと、この国の土台が崩れてしまいかねない深刻な問題だという。

  ――「健康格差」とは、ハッとするタイトルです。

 NHKスペシャルの「私たちのこれから」を今年6月まで担当していました。この番組は専門家だけでなく一般の市民も招く討論シリーズです。全国の皆さんが気になることは何だろうと考え取材していくと、年金、医療、雇用、少子化など社会保障の問題にあたりました。やはり、最も身近ですから。その取材の中で「健康格差」という問題に出合ったのです。

  ――「健康格差」はどこまで広がっているんでしょう。

 すべての世代に忍び寄っています。例えば、中高年層に多いはずの糖尿病が、30~40代の特に非正規雇用の人たちに蔓延しつつあります。本に書きましたが、金沢市の医師に、20代の方の口腔内の写真を見せてもらったのですが、糖尿病の合併症の歯周病が進行し、歯がほとんどないのです。

  ――最近は「下流老人」「子どもの貧困」についても問題視されています。

 高齢者や子ども世代についても、自身や親が低所得だと食費を削るケースが多く、結果的に食事が安価で高カロリーな炭水化物に偏ってしまうことが見られました。取材班が出会った単身の70代男性は、カルシウムやビタミンが不足して骨粗しょう症を患い、外に出るのもままならなくなってしまっていた。また野菜、魚、肉より炭水化物中心の食事になると、太る傾向がある。貧困家庭の子どもは肥満がちになり、生活習慣病を発症するリスクも高まると危惧されています。

  ――健康面に差が出る原因は、やはり経済格差ですね。

 まず、非正規と正規といった雇用形態の問題。そして、雇用格差に伴う所得格差があります。もうひとつは、家族構成。最近は単身世帯が増えています。一人暮らしでは誰かが料理を作ってくれるわけではないですから、外食や調理済みのものを食べる傾向になり、健康的な食事が取りづらい状況になってしまいます。また地域による食習慣の違いも要因になっています。

  ――取材していく過程で、そういった現実が見えてきたのですか。

 千葉大の近藤克則教授をはじめとした専門家に話を聞くと、みなさんしっかりとエビデンス(根拠)に基づき、健康格差について問題提起されていました。それまでは、うすうすと「格差は健康にまで及んでいるのでは」と感じる程度でしたが、現実は思っていたよりかなりの影響があると気付かされた。これは看過できないなと。

  ――とはいえ、健康に無頓着な人も多いですよね。

 確かにそういった方はいらっしゃる。でも、不健康な人が多くなれば医療費は増大し、国民全体の負担が増えていくことになります。「自分は健康だから関係ない」は通用しません。社会全体で健康水準を底上げしていかないと、健康な人も足を引っ張られ、皆が沈んでしまう可能性がある。そこでよく出てくるのが自己責任論です。

  ――確かに、普段から健康に気を配っている人が、「健康は自己管理するもの。何で不摂生している人の医療費を負担しなきゃいけないんだ」と思ってもおかしくはありません。

 実際に番組の討論でもそういった意見は出ました。私も「そうかもしれないな」と思ったこともありました。しかし、いまや非正規雇用の人たちは40~50代に突入している方も多く、世代的に言えば「団塊ジュニア」ですから、相当なボリュームです。この世代がさらに高齢化していくと、自身の生活もさることながら、社会保障制度そのものも危うくなってくる。もはや自己責任論を議論している段階ではなくなっています。

  ――こと健康管理においては、自己責任論が根強いように見えます。

 例えば、非正規雇用の一人暮らしの人が1日15時間労働をして、疲労困憊で帰宅する。で、また次の日も働かないといけない。その状況でちゃんと自炊できるのかという、時間的余裕の問題がひとつあります。金銭面で見ても、時給で働き、ボーナスもない不安定な状況の中で、たとえ体にいいのは分かっていたとしても足が早い野菜を買って食べる意識を強く持ち続けることができるでしょうか。さらに、普段から運動をする時間的余裕があるのかという問題もある。

  ――正規雇用で時間的にも金銭的にも余裕のある人にとっては、縁遠い話かもしれません。

 いまや、大企業もいつ統廃合するか予想できない不確実性の高い時代です。自分には関係ないと思っているかもしれないけれど、いつリストラに遭うか分かりません。非正規で不安定な人たちを自己責任と断じるのは、倫理的に見ても厳しいのではないかと考えます。

  ――誰の身にも起こりうる問題だということですね。

 そうです。健康な人もいつ不健康になるか分かりません。社会全体が高齢化していくのに、自分はずっと健康だと言い続けられますか。皆、不健康になるリスクは高まっていく。それでも、自己責任と言い張れるでしょうか。

社会全体で健康水準を底上げしなければ皆沈む

  ――政府の側も、まだまだ自己責任論が根強い。

 国は97年から糖尿病などの「成人病」を「生活習慣病」に改称しました。それで、生活習慣を管理すれば予防できるんじゃないか、という印象が強くなったのかもしれません。ただ、番組に出演された評論家の宇野常寛さんもおっしゃっていましたが、国民から税金を取っているのに「自己責任だから知りません」というのは、国家として成立しないだろうと思います。憲法でも「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」と規定していますしね。

  ――健康格差解消のポイントは何でしょう。

 キーワードは「底上げ」です。健康志向の高い人は、言われなくても体に悪いものは食べず、良いものだけ取るよう心がけ、皇居の周りを走るでしょう。一方、時間や金銭に余裕のない人ほど健康への配慮がおろそかになり、どんどん不健康になる。健康意識の低い人、健康に気を配れない人をいかに底上げできるかにかかっています。

  ――意識を高めるため、国や自治体が「生活習慣病予防」などと呼びかけていますが、なかなか効果が上がっていません。

 個人のモラルに訴えるのは、もはや限界が来ていると考えます。意識の低い人に「健康診断行った?」と聞いても「面倒くさい」「何か病気が見つかると嫌だから行かない」と言う。啓蒙ではなく、新しい政策のアプローチが必要だと考えています。

  ――具体的にはどういったアプローチでしょう。

 例えば、足立区は区内の飲食店などに、お客さんが最初に野菜を食べる「ベジ・ファースト」を呼びかけ、店側も実践しています。居酒屋なら野菜中心のお通しを最初に出すといった具合です。イギリスでは政府と食品業界が協力し、一般の食品に含まれる食塩の量を8年かけて徐々に減らしていきました。つまり、意識の低い人も知らず知らずのうちに健康になる仕掛けを打ち出していくということです。

  ――それならば費用もそこまでかからない。

 いま、新しい政策を打とうとすると、すぐ「財源はどうするんだ」という話になりがちです。「財源がない。じゃあ増税。それはできない」という循環です。でも既存の予算内で、もっと賢いやり方が提案できるはずです。ベジ・ファーストなどは、「野菜から先に出してくれませんか」と飲食店に呼びかけるだけの話ですから。

  ――カネをかけることがすべてではないと。

 もちろん、経済対策や社会保障費の再分配について議論しなければなりません。しかし、日本社会の“足腰”を鍛え直すため、足立区やイギリスのような賢い政策を国ぐるみで取り組むべき時ではないでしょうか。10~15年という長いスパンかもしれませんが、確実に日本の健康水準が底上げされるはずです。底上げされれば健康な人が増えるわけですから、働き続けられる人が増え、みんなが活躍できる。健康な社会になれば、医療費の増大も食い止められるかもしれない。「急がば回れ」の発想です。

 (聞き手=本紙・小幡元太)

▽かんばら・いっこう 1980年、東京都出身。早稲田大学人間科学部スポーツ科学科卒業後の2002年、NHKに入局。大型企画開発センターディレクターを務める。主な担当番組は「トップランナー」「週刊ニュース深読み」など。現在、NHKスペシャルのシリーズ「AIに聞いてみた どうすんのよ!?ニッポン」を担当している。

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