「脱露」石村博子著

公開日: 更新日:

「脱露」石村博子著

「戦争に翻弄された人生だった。くやしい」

 敗戦後の約半世紀、シベリアとカザフスタンで労働に従事し、晩年にようやく帰還を果たした小関吉雄が、亡くなる前に吐いた言葉である。

 炭鉱作業員だった小関は敗戦後、家族との再会を目指してソ連占領下の樺太(サハリン)に渡ったが、密航の罪で逮捕された。刑期を終えた後も強制移住を命じられ、不本意な人生を送ることになった。

 実はこうした日本人が数多くいたことは、ほとんど知られていない。歴史のクレバスに落ちて忘れられていた人たちとその家族の軌跡を、8年に及ぶ取材と資料から掘り起こした感動のノンフィクション作品。

 本作に登場するのは、南樺太で生活していた民間人。鉄道員の植木武廣は交通事故を起こしかけて逮捕された。別れのとき、妻は幼い娘を背負っていた。トラック運転手の木村鉄五郎は妻とともに北海道への密航を試み、逮捕された。鉄五郎はシベリアに送られ、妻は樺太の刑務所で長男を出産。父子の対面までに半世紀を要した。

 シベリアに抑留された男たちは、極寒と飢えと重労働に耐えた。名簿も裁判記録もなかったため、日本政府の引き揚げ事業の対象から外れた。祖国の家族を思いながらも帰国の手だてはなく、現地の女性と家庭を持つ者も多かった。生きるためにソ連国籍を取得した者もいる。日本政府はこうした人々を「自己意思残留者」として切り捨てた。その数は数百人に及ぶとされる。

 ソ連崩壊後、置き去りにされていた人たちが“発見”された。一時帰国や永住帰国を果たした人がいる一方で、ロシアに残る選択をした人もいる。死んだと思っていた夫と再会した日本の妻。夫が日本に帰国するのを恐れるロシアの妻。家族の思いも複雑だった。戦後日本の繁栄の陰に、抑留と残留という2つの運命を背負って凍土に生きた人たちがいたという事実に、戦争と国家の酷さをあらためて思い知る。

(KADOKAWA 2475円)

【連載】ノンフィクションが面白い

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    阪神岡田監督は連覇達成でも「解任」だった…背景に《阪神電鉄への人事権「大政奉還」》

  2. 2

    ジャンポケ斉藤慎二 ロケ車内での性的行為には“常習説”…吉本契約解除は「トカゲの尻尾切り」

  3. 3

    阪神フロントすでに来季組閣に着手 藤川次期監督の「右腕」ヘッドコーチ候補5人の名前

  4. 4

    岡田阪神は「老将の大暴走」状態…選手フロントが困惑、“公開処刑”にコーチも委縮

  5. 5

    裁判長期化の松本人志は復帰してもお笑いの道は難しい さんまタイプで、タモリとは違うスタイル

  1. 6

    日本ハム優良2助っ人が流出危機…新庄監督まさかの「公開残留要請」、オリ&西武が調査か

  2. 7

    巨人・岡本和真「メジャー断念」に現実味…“元エースと4番”の同時流出はあり得ない?

  3. 8

    谷原章介長男「ジュノンボーイ」グランプリに期待 語られなかった実の父は「死ぬまで俳優」宣言

  4. 9

    エロオイルマッサージで女性客6人が被害訴え…おっさんセラピストのヘタくそな言い訳

  5. 10

    開店半年で会員200人…摘発された錦糸町のハプバー「人気の秘密と集客の手口」