「鬼の筆」春日太一著

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「鬼の筆」春日太一著

 橋本忍は日本映画史に輝く作品群を送り出した大脚本家。「羅生門」「生きる」「七人の侍」「私は貝になりたい」「砂の器」「八甲田山」など、名作、ヒット作は枚挙にいとまがない。

 映画史研究家の著者は、生前の橋本に長時間のインタビューを行い、関係者の証言を集め、遺族から譲り受けた膨大な資料をひもといて、橋本の意外な実像を知った。

 橋本脚本のテーマは暗く、重い。どうにもならない理不尽やあらがえない権力に踏みにじられる人々を描いた社会派のイメージがある。意外にも橋本の執筆の動機の核には「俗なるものがある」と著者は指摘する。

 例えば、橋本が脚本を書く際の3カ条とは、「いくら稼げるか」「面白いかどうか」「名声が得られるか」。この俗なる欲望を橋本は隠そうとしなかった。芸術家気取りもなければ、芸術を創造するという気負いもない。それどころか、ギャンブラー精神で映画をつくっていたフシがある。

 橋本は父親ゆずりの博打好きで、競輪にのめり込んでいたのに、橋本プロダクションを設立し、自ら映画製作に乗り出すにあたって、競輪をスッパリやめてしまう。もっと刺激的なギャンブルを見つけたからだ。そして、一脚本家から経営者になった橋本は、1974年に「砂の器」、77年に「八甲田山」で大当たりを取った。「『砂の器』と『八甲田山』は、勝負事が好きだったからやったんだよ」と自ら語っている。

 しかし、勝ち続けたギャンブラーは、「八つ墓村」のヒット以降、ツキを失う。晩年は病気がちで満身創痍。それでも筆をおくことなく、2018年に100歳で大往生をとげた。

 映画界のレジェンドの意外な実像に驚愕。名作の製作秘話や映画人のエピソードが豊富で、生きた日本映画史としても面白く読める。

(文藝春秋 2750円)

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