金井真紀
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金井真紀文筆家・イラストレーター

テレビ番組の構成作家、酒場のママ見習いなどを経て2015年から文筆家・イラストレーター。著書に「世界はフムフムで満ちている」「パリのすてきなおじさん」「日本に住んでる世界のひと」など。

「私の自由な東ドイツの少女時代」ズザンネ・ブッデンベルク著、深見麻奈訳

公開日: 更新日:

「私の自由な東ドイツの少女時代」ズザンネ・ブッデンベルク著、深見麻奈訳

 わたしが最初に覚えたカタルーニャ語は「アスカラバット」、意味はゴキブリ。バルセロナあたりのサッカー場では、ダメな審判を「アスカラバット!」と罵ると聞いた。黒い服でちょこまか動く姿からの連想か。失礼ながらおもしろくて、この単語はすっかり記憶に定着してしまった。日頃、外国語を勉強してもからきし覚えられないのに、こういう単語だけはなぜか忘れない。

 そして今回、ドイツ語のゴキブリまで覚えてしまった。「カケルラーケン」。ドイツ語の切り立った響きが強大なゴキを想像させて、思わずブルルッと身震いする。

 本書は、東ドイツで育った女性作家の自伝的小説を漫画化したもの。原作者クラウディア・ルッシュは1971年生まれ。母親が反政府運動の活動家と親しかったため、家族の行動は常にシュタージ(秘密警察)に見張られていた。いつも家の前に張り付いていて、外出すればついてくる男たち。制服姿もいれば私服シュタージもいたという。彼らを指す隠語が「カケルラーケン」だった。物陰に潜む不気味な存在は、なるほどあの虫に似ている。

 幼いクラウディアは、大人たちが「今日もカケルラーケンがいた」と言い交わすのを耳にして育った。それが隠語で、単語本来の意味は別にあることを知らないまま高校生になり、ある日妙な誤解が生じるのだった。

 思想統制、監視社会、慢性的な物不足といった東ドイツの暮らしのディテールが歴史の証言として興味深い。同時に、窮屈な日々の中でユーモアと意志を忘れずに成長する少女がかわいくてかっこよくてキュンとなる。

(彩流社 2420円)

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