「闇で味わう日本文学」中野純氏

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 約30年ほど前から、夜の山歩きをし、闇に親しんできた著者。そしてナイトハイクを開催し、多くの人々を真っ暗な闇に誘ってきた。そんな“闇案内人”が本書で案内するのは、日本文学の中に保存されている暗闇の情景だ。

「闇に浸って心がリスタートする魅力にハマっていろいろと調べるうちに、夜中の登山がレジャーだったり、冬に屋内で花火を楽しんだりと、昔の人は闇を楽しんでいたことが見えてきました。言い換えれば、暗い中で育まれた五感によって日本の文化はつくられたんですね。文学もそれが源泉になっているはずだと古典文学を再読してみたら、至るところに闇が描かれていた。探したというより、読めばそこに闇があるという感じでした」

■古典名著の舞台を歩いて体感する闇の魅力

 万葉集から随筆、小説に至るまで幅広いジャンルの日本文学の中の闇にスポットを当てる発想もさることながら、この本のユニークなのはその闇がどんなものだったのか、実際に体験しに行っているところだ。

「きっかけになったのは、小泉八雲の『雪女』の舞台を歩いたこと。東北で吹雪のイメージがありますが、実は東京の青梅が舞台なんですよ。夜、青梅の古木がある金剛寺の裏手からスタートして住宅街を抜け、雪女の出現地、河辺の渡し跡へ向かいました。河辺の渡しに通じる道は真っ暗で、雪は降っていなかったけど、今にも雪女が出そうな感じでしたね(笑)。当時とは町並みが違うのに気分に浸れて、これはすごい、と。諦めるような場所でも昔の追体験ができると確信しました」

 歴史物語の最高傑作「大鏡」の中の「肝試し」の舞台になった京都、「竹取物語」の舞台も著者は体験。本書には道中での発見や顛末が詳しくルポされているが、現実の風景は昔とでは異なっても物語の持っている空気感や気配は案外残っており、いずれも自分が平安時代から現代に逆タイムスリップしたような不思議な感覚に陥ったそうだ。

「一日中、明るい生活をしている現代人は本当の闇を知りません。私たちが思う真っ暗というのは実は闇の入り口に過ぎず、そのあとに何段階もの闇がある。本当の真っ暗闇までには距離があり、闇のバリエーションがあるんですよ。その機微を描写しているのが古典文学ですが、中でも一番感心したのが『源氏物語』。夕暮れから夜明けまでを繊細に描写し、五感も描いている。だから闇を知らずに読むことは、一番重要な部分を味わえていないことになるんです」

「源氏物語」は、逢瀬に限らず夜の描写が多い。暗闇の中では視覚に頼れない分、聴覚や嗅覚の役割が非常に大きく、夜の場面は匂いや音があふれているという。

 たとえば第8帖「花宴」では、朧月夜が声で光源氏だと気づく様子が描かれている。第49帖「宿木」では、匂宮(光源氏の孫)が姫の衣に男の移り香が染みついていることに気づき、浮気を確信。まるで竈門炭次郎級の嗅覚、と著者は笑う。

「月もたくさん描かれてますが、月の光が届かない部屋では小さな器に油を注いで灯芯に灯りをともす油火を使っていました。私も追体験で油火を試しましたが、灯りといってもとんでもなく暗いんですね。この暗さの中、光源氏がやってきて……というリアルさを感じたら源氏物語がぐっと身近になりました。そしてつくづく、電気があったら源氏物語は生まれてなかったと思いましたね」

 ほかにも行灯の明かりが際立つ「高野聖」、「金色夜叉」の「今月今夜」についての考察、童謡「月の沙漠」の朧月が見える場所、さらには「今昔物語集」「舞姫」などに描かれる闇の豊かさは、読者の好奇心を大いに刺激するだろう。

「日本の闇って柔らかいんです。適温多湿な日本ならでは、なんですね。そんな闇を味わうなら、今です。闇のハイシーズンは梅雨どきで、1年で一番暗い闇が楽しめるんですよ。ぜひ、浸ってみてください」

(笠間書院 1870円)

▽なかの・じゅん 体験作家、闇歩きガイド。一橋大学社会学部卒。闇をテーマとした文筆活動やナイトハイクの案内の傍ら、夫婦で少女漫画の専門図書館「少女まんが館」を運営。著書に「『闇学』入門」「闇と暮らす。」「庶民に愛された地獄信仰の謎」「闇を歩く」ほか。東京造形大学非常勤講師。

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