「人間と宗教」寺島実郎著/岩波書店

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 実に刺激的な本である。著者と私は対談の共著も出しているが、関心のあり方が微妙に違う。例えば、同世代人として「三島由紀夫と司馬遼太郎」を対比するといった問題意識は私にはない。それだけに虚を突かれた思いがした。私は「司馬遼太郎と藤沢周平」(光文社知恵の森文庫)を書いて司馬を批判したが、著者の紹介している逸話で司馬を少し見直した。軍隊経験のない三島と違って司馬は召集され、栃木県佐野の戦車隊に所属していた。

 敗色濃い戦争末期で、東京湾にアメリカ軍が上陸してきた時に、それを迎え撃つという想定である。司馬は大本営参謀に、東京から避難して来る人たちをどう交通整理するのかと尋ねた。答えは「ひき殺して行け」だったという。

「軍隊は国民を守らない」を司馬は身にしみて知った。

 著者が「体験的宗教論」と規定するこの本は「日本人と宗教」であり、副題にあるように「日本人の心の基軸」を具体的事実に即して追っている。日蓮、親鸞、新井白石、荻生徂徠と、さまざまな人物が登場するが、著者は憂国の国際人、新渡戸稲造にとりわけ親近感を抱いているようである。「願わくはわれ太平洋の橋とならん」という言葉で新渡戸は知られるが、大学生の時にこの碑を目にして著者は「すごいことを言う人がいる」と思った。国際連盟事務局次長として活躍し、「世界を見た知性」である新渡戸は日本人の閉鎖性を打破するために奮闘した。タカ派ならぬバカ派によって、いま同じような単純な風が吹いている。

 天皇制と国家神道の結びつきは知られているが、仏教との関係を指摘しているのも示唆的だった。天皇家の菩提寺(ぼだいじ)は京都東山の泉涌寺であり、「廃仏毀釈(きしゃく)」で陵墓がすべて国に没収されるまで、歴代の天皇や皇后の葬儀は一貫して同寺が執り行ってきたという。

 著者が「余談だが」と断っている次の指摘も重要だろう。「江戸期の14代の天皇のうち明正天皇と後桜町天皇の2人が女性天皇」なのである。

 私も日本人の狭隘(きょうあい)な閉鎖性をどう開くかに腐心してきた。特に右翼的な保守派が好んで取り上げる西郷についても「西郷隆盛伝説」(角川ソフィア文庫)を書いたが、西郷が漢訳の聖書を読んでいたことを知って、なるほどと思った。「敬天愛人」は、だから出て来た思想なのである。 ★★★(選者・佐高信)

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