金鳳花のフール
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(123)コートを着た巨体が遠ざかる
「一九六七年六月十八日、岡山県総社市の国道で事故がありました。居眠り運転の小型トラックがセンターラインをはみ出して対向車線を走って来た乗用車に正面衝突したのです。乗用車には若い夫婦が乗っていました。夫…
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(122)かけるならこの曲しかない
目を閉じればそこにMy Sugar Babe 今夜も夢の道で会えたね はるか日々を飛び越え 君は僕を酔わす My Sugar Babe 山下達郎「マイ・…
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(121)赤松と蛇とを婚姻させて魔力を抜く
綾瀬とタキグチは百間堀の畔を歩いている。 「赤松幸子の件はどうなりましたか。こちらの警察に屋敷内を掘り返させるのも簡単ではありませんね」 綾瀬は言った。 「赤松は全国を回って妊婦…
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(120)親の本能で我が子と分かったのか
「彼は両親のもとを訪ねていったのです。いきなりね。自分は何十何年前の何月何日に流産で死んだこの家の長男だと自己紹介したのです。水子の国で新たな命をもらい幸せに暮らしていることも詳しく話をしたらしい。驚…
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(119)幻覚であればよかったのに
虫を泣かせてしまった。綾瀬の当惑が空気に伝染した。 緑の飛蝗が飛んだ。強いジャンプ。そして美しい跳躍だった。 綾瀬は見上げた。どこにもない岩の顔を仰いだ。見たか。ぼくにも性根がある。…
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(118)綾瀬の真下で飛蝗が見上げる
ダダ狂いの麒麟女が喘ぐ。女は綾瀬の亀頭の先端を舌でくすぐっていた。 「じゃあ、人間性の欠落した作家に喜劇を執筆する資格はないのかしら」 舌先が尿道口を割って侵入する。 冷血漢が…
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(117)麦の傷口から子鬼が這い出て…
タキグチは綾瀬の顔を覗き込んだ。 「いや、何でもありません。まだ頭がぼおっとしてて、それよりタキグチさんの方こそ怪我は?」 綾瀬はエミューの体を抱え直し、照れ隠しのようにタキグチの手傷…
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(116)人間の形をした岩山は幻景
赤ん坊のような手つきで無くした頭に触れようとしている。青白い条線がスパークする。女の身体が爆裂した。黒煙の中で綾瀬は肉の焦げる臭いを嗅いだ。赤松の腰から上が消えていた。千切れた切断面から恨みの音声が…
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(115)馬乗りになりナイフを突き立てる
「お前はこの世のものではない。現世と水子の国を滅ぼす癌腫だ」 綾瀬は女に接近した。大胆な動きだった。彼は鬼女の前に立った。 「お前はお前にふさわしい場所へ帰れ」 綾瀬の動きは素早…
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(114)ラジコンが本物の複葉機に
「お前の主催するラジコン飛行機の大会にどんな連中が来るのか知らないが、さぞや拍手喝采のことだろう。それにしても大そうなご趣向だ。妊婦を殺さなくとも堆積岩の岩男と複葉機だけでお前の願う地獄屋敷の普請には…
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(113)震える毛先が捕食者を指さす
反芸術、挑発美術家は駄法螺や戯けた所作や吐瀉物で固めた王冠を愛する。時限爆弾つきの家族の春とか、使い古しの、削り滓の美徳をギロチンにかける。彼等は苦痛と不条理の絡み合いの中でこそ生命が横溢することを…
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(112)堆積岩の顔は十二歳の亮
突き出した臀部が空にあった。二つの岩の塊──尻は見苦しく割れ、肛門──洞窟の入り口がむき出しになっている。肛門の大きさは複葉機の翼の出口としてたっぷりの直径を持っていた。綾瀬は見下されているのを感じ…
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(111)岩の巨塊は四つ這いの裸の男
爆音が聞こえた。飛行機のエンジン音だ。 赤松幸子はビラを配ってラジコン飛行機の競技会を売り込んでいた。鬼女は模型飛行機を見せるためにこの馬鹿げた荒野に綾瀬を誘き寄せたのか。 爆音はラ…
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(110)エミューを担いだ鬼女が舞う
「知ってる。さっきお前がぼくの目の前でやってみせただろ」 「さっきね、さっき。ほほほほほ。さっき。私はさっきお前と会ったんだ。よちよち歩きの胎児のお前と。さっき会ったんだ」 般若の形相が…
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(109)麦の左肩と胸が血に染まる
綾瀬はキャンピングカーを出て辺りを見回した。タキグチが生い茂った雑草の中にうずくまっている。 タキグチは麦を抱き起こしていた。麦の左肩と胸が血に染まっていた。Tシャツが破れ、裂けた皮膚と筋肉…
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(108)寝室に血の付いたペティナイフ
夜叉の踵が持ち上がり再び女の──エミューの腹を攻撃した。その凶器はエミューの腹部に何度も突き刺さった。哀れな声が渦巻く。水子が糸より細い声ですすり泣く。高く低く、死の牙に噛み砕かれた身体を震わせて。…
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(107)ジュンイチ、ママの所においで
「赤松は……」 タキグチはへたり込んだままだ。 「赤松幸子は水子の『天敵』です。あの女はある種の肉食生物が特定の獲物を狩るように妊婦を餌食にしてきた。妊婦から金を騙し取るのが赤松の真の狙…
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(106)水子の恨み晴らでおくものか
応接室の入り口で綾瀬の足が止まった。ソファの上でタキグチが身構えるような格好でいたからだ。彼の目は絨毯の上に釘付けになっていた。絨毯には泥の人形が出来ていた。泥沙の人体は一つではなかった。三体あった…
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(105)撒いた泥沙はやがて人形に
「粘土のオオハハは気難しい。彼女が支配するその場所に無断で侵入する者は容赦なく生き埋めにされる。最高位の呪術師が土霊を鎮める儀式を執り行ったあとでないとその土地からは砂粒ひとつ持ち出せないのです。この…
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(104)円盤を鍵穴に当てると施錠がカチャリ
遺体の確認には床下を掘るしかないだろう。綾瀬はタキグチの意向がよくわからなかった。 「タキグチさんは大丈夫ですか。しばらく休まれた方が。それにあの女は……」 綾瀬は言い淀んだ。赤松幸子…