親方と力士のホンネ「蘇る角言」
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「強くなりたいのか」と殴られた…元横綱・柏戸が受けた理不尽と伊勢ケ浜部屋の対極
九州場所は霧島の優勝で幕を閉じたが、熱海富士が2場所続けて千秋楽まで優勝争いに残った。初めて上位陣とひと通り当たる来場所次第では、次の大関候補にも名乗りを上げそうだ。 伊勢ケ浜部屋にはほかに…
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朝潮の「あしたは思い出の一番にしたい」は角界の掟破り 願いは黙っていれば実現した
2日に67歳で亡くなった元大関朝潮、先代高砂親方の現役引退は1989年春場所だった。前場所は8勝でかど番を脱したが、大関在位36場所目の33歳で迎えたこの場所は初日から4連敗した。 その夜、…
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増位山の極意に見る技の奥深さ「内掛けは相手が警戒した方が決まりやすい」
相撲界には「前まわしを取ったら自分の手を拝め」「上手出し投げはあごで打て」「差し手の方へ斜めに寄れ」など、数々の定石が受け継がれている。そうした言葉を、親方から弟子へのアドバイスや取材の中で聞けた時…
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「自分より小さかったはずの富士錦関が…」入門前の富士桜もだまされた新弟子勧誘あの手この手
日本相撲協会は、新弟子検査で「身長167センチ、体重67キロ以上」の基準に満たなくても、運動能力検査をパスすれば合格させることにした。事実上の体格基準撤廃であり、志願者不足に悩む協会の現状を表してい…
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「朝青龍にあれをやめさせたらおかしくなる」熱海富士にも通じるルーティンの功罪
右足で仕切り線をはいた後、体を揺すりながら左右の足で8回、9回と足場をならす。秋場所を沸かせた熱海富士の立ち合いの「ルーティン」だ。 そんな言葉がない時代から、多くの力士やスポーツ選手には集…
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「相手にまわしがないと思いなさい」栃木山から今に伝わる春日野部屋のおっつけ
両国国技館内の相撲博物館で「栃木山・栃錦と春日野部屋」展が開かれており、秋場所の来場者らでにぎわっている(12月14日まで)。部屋の祖である栃木山と栃錦、栃ノ海の3横綱に現師匠の関脇栃乃和歌のほか、…
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「『湖』を『うみ』と読ましてもええんか」師匠の思いと弟子の力で読ませるしこ名
元横綱北勝海の八角親方が2日に両国国技館で還暦土俵入りを行った。東の花道に姿を現した時に観客から「北勝海!」の掛け声が飛び、「ジーンときた」という。しこ名で呼ばれるのは引退相撲以来だろうか。 …
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羽黒山が妻の訃報を受けても務めた横綱土俵入り「帰ったらお経が始まっていた」
夏巡業がまもなく終わる。コロナ禍の中断を経て3年ぶりに再開された昨年は5カ所だったが、今年は18カ所に増え、名古屋場所を途中休場した照ノ富士も初めから参加している。腰などに故障を抱える力士にはバス移…
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「何て言ったって日本酒はうますぎる!」酒豪・錦木も及ばない先人たちの飲みっぷり
名古屋場所では32歳の錦木が奮闘した。自己最高位の東前頭筆頭で10勝。2日目に照ノ富士から金星を挙げて一躍注目され、大関候補だった3関脇も倒すなど内容も十分で、殊勲賞を受けた。 場所前、春日…
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「番付を見ろよ」新入幕・大鵬との対戦前に柏戸は大見えを切った
名古屋場所は関脇豊昇龍が初優勝し、場所後に大関へ昇進した。終盤の後がない状況から、2つの念願を果たした精神力は評価される。 千秋楽、3敗で並んでいた伯桜鵬との一番は別の重圧もあっただろう。も…
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「夢に相撲が出てきて目が覚めるんすよ」曙が見た新大関全休の奈落
名古屋場所はせっかく東西にそろった大関が、2人とも不在で初日を迎えた。場所前に貴景勝が両膝のけがで休場を決断し、秋場所はまたかど番になる。初日の9日朝には新大関霧島が右肋骨のけがで休場届を出し、4日…
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「相撲が正しい方へ行かないんだ」北の湖の不満も押し切った栃若の“おま言う”改革
名古屋場所が7月9日に始まる。新大関霧島の登場もあってにぎわいそうだが、今の大相撲人気がどこからくるのか、まだよく分からない。 立ち合いに待ったをした力士が、正面の審判長にペコンと頭を下げる…
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暑い名古屋の稽古場で弟子を引き締めた「鬼流」二子山親方の活
駆け出しの頃に通った相撲部屋で、今も同じ場所で同じ部屋が続いているのは、もう出羽海部屋と春日野部屋くらいしかない。地方場所も同様で、1980年代後半あたりから、貸してくれる寺が減るなどの事情で、宿舎…
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豊昇龍が北青鵬を攻略した叔父・朝青龍譲りの「まわし切り」
夏場所は4場所連続休場明けの横綱照ノ富士が優勝し、大関陣は貴景勝がかど番を脱して霧馬山改め霧島の昇進も決まるという、日本相撲協会にとっては最良の形で終わった。 上位だけでなく若手も注目された…
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「自分で昇進ムードを盛り上げなくちゃ」千代の富士時代から様変わりした稽古総見の意義
夏場所が14日に始まった。3場所連続全休明けの照ノ富士をはじめ注目力士が多く、中でもかど番で初日を迎えた大関貴景勝、大関昇進に挑む霧馬山の土俵は、番付に欠かせない大関の存在を左右するだけに目が離せな…
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反則適用第1号となった若羽黒の言い分「まげを引っ張っちゃいけないなんて、知ってますよ」
1955年5月、大日本相撲協会(当時)は公認相撲規則を制定し、協会組織に関する規定をはじめ土俵規定、力士規定、決まり手などを定めた。 審判規定には禁じ手として「握り拳で殴ること」「目または水…
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大の里の由来はしこ名の常道 歴史に刻まれた「貴」の文字が物語る角界の盛衰
日体大時に2年連続アマチュア横綱となり、元横綱稀勢の里の二所ノ関部屋へ入門した中村泰輝のしこ名が大の里と決まった。師匠の現役時代に候補だったしこ名だという。中村は年寄名跡にあるため力士に使えないので…
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「押し相撲は相手が引くまで押す」大栄翔の引かない16番、富士桜の信念を思い出す
照ノ富士と貴景勝の休場で横綱・大関不在となった春場所は、14日目まで2敗の小結大栄翔と3敗の関脇霧馬山が千秋楽に優勝を争い、霧馬山が本割、優勝決定戦と連勝して初優勝した。 2番とも大栄翔が立…
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「降格の規則ができていたら楽に取れた」双葉山が明かした“背水の重圧”
不世出の名横綱・双葉山は、時代とともに神格化されてきた感があるが、実は人間味のある逸話が多く残っている。 終戦直後、新興宗教にのめり込み、教団本部で教祖を守ろうと警官と大乱闘になって拘束され…
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記者の電話取材に激怒した魁傑の矜持「私はベストを尽くしているのに…」
コロナ禍の間、多くの取材がリモートで行われてきた。大相撲も、記者が支度部屋に入れず、取組後の談話取材は初場所までリモートだった。 記者が親方や力士との個別のやりとりを、電話やメール、LINE…