上阪徹さん<5>転職先が倒産し失業…アルバイトから出直す

公開日:

 1993年10月、日本中が深夜のサッカー中継にくぎ付けになっていた。ワールドカップのアジア地区最終予選。日本は、初の本大会出場をかけたイラク戦のロスタイムに同点ゴールを許して敗退した。「ドーハの悲劇」と語り継がれるこの試合は、上阪さんの心も突き動かしている。

「当時は将来に対する猛烈な不安が膨らんでいました。会社も大きくならず、昇給は少なくて、当時の年収はおそらく300万円ぐらい。製作単価を考えれば、この先も増えていくとは思えなかった。仕事でも、社内の広告賞に顔を出すようになったけれど、1位は取れない。同僚の親しかったコピーライターは後に広告代理店に転職するんですが、彼ほどの才能もないと感じていました。その上サッカーまで。カズもがっくり僕もがっくり……みたいな絶望感。何ひとついいことがないじゃんって、落ち込みましたね」

 そんなとき、ベンチャー企業に勧誘された。営業部長で入ることになっていた人に、「来ないか」と声を掛けられたのだ。

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

最新のライフ記事

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    早とちり小池知事…都が鑑定の“バンクシー作品”には型紙が

  2. 2

    全豪OPで話題…大坂なおみが“スリム”になった深~い理由

  3. 3

    警察が運営阻止? 6代目山口組・高山若頭に早くも再逮捕説

  4. 4

    劇的試合続くも外国人記者ソッポ…錦織圭はなぜ“不人気”か

  5. 5

    30歳適齢期は昔話 石原さとみ&深田恭子が結婚しないワケ

  6. 6

    したたか仏政府 ルノーとの経営統合要求で日産“強奪”狙い

  7. 7

    “年金博士”警鐘 支給年齢「68歳引き上げ」が意味すること

  8. 8

    持ち家派も…定年後は限りなく“住居費負担ゼロ”を目指す

  9. 9

    年商200億円の深キョン新恋人 “ホコリだらけ”の女性遍歴

  10. 10

    やっぱり賃金は下がっている 虚飾の政権で沈む日本経済

もっと見る