• facebook  
  • twitter  
  • Facebook Messenger

須田鷹雄さん<2>西船橋駅の輸送主任代行は食事作りが仕事

 JR東日本は、駅中の店舗開発やスイカに伴う金融など事業の幅を広げているが、須田さんは王道の事務系総合職として入社する。

「大卒の同期は200人くらいいて、事務系や土木系など異なる系統の5~6人で班をつくって、いろいろな職場を回って研修します。東京から青森まである営業エリアをいくつかの地域本社に分け、研修での配属は東京地域本社で千葉の船橋駅を皮切りに、津田沼信号通信区や両国電力区、幕張電車区など回りながら、鉄道運行や駅の運営のイロハを叩き込まれるのです」

 国鉄からJRに民営化されたのは1987年。国鉄時代、労使の対立が激しかった。入社した94年には、決着がついていたとはいえ、その名残はあったという。

「千葉は特に組合活動が盛んで、国鉄労働組合(国労)や国鉄千葉動力車労働組合(千葉動労)の幹部がかなりいました。民営化にともなう改革で、そういう人はクビではないものの、干されていますから、不満が強い。そこにペーペーとはいえ、東大出がやってきたら、相手は身構えますよね。もちろん、僕もどうなるのかと不安でしたが、何とかなりました。スキあらば楽をしようという現業社員のマインドと新入社員ならではの楽しようとするマインドが、うまくかみ合った。組織としてはギスギスしているんですが、末端の社員同士は意外と仲がよかったですよ。会社や上司への不満は、何ひとつありません」

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

最新のライフ記事